杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

武田教授は1ミリシーベルトは危険ではないと言っていた

冬休みの間、「たかじんのそこまで言って委員会 超原発論」というDVDをずっと見ておりました。
このDVDは、以前放映された原発を題材にした回のノーカット版が収録されているのですが、DVD特典として、『【DVD特別企画】超・放射線論(中村仁信 vs. 武田邦彦/司会:宮崎哲弥)』と題した、いわゆる「安全派」の中村氏と「危険派」の武田邦彦氏とのガチバトル討論が収録されており、これが中々興味ある内容でした。
原発事故後盛んに放射線の危険を訴え続け、子を持つ親達から絶大なる支持を得てきた武田教授ですが、ここではそれまでの彼の主張が実は大きく誤解されていたという事がはっきりしましたので、これはやはり広く紹介しておいた方が良いのではと考えた次第です。
この中で武田教授は何を語ったのか、取り合えずここではDVDの内容をできるだけ再現して紹介していきたいと思います(強調は引用者によります)。

DVDはまず、宮崎哲弥さんの司会で、
ICRPが「放射線はどんなに微量でも有害」…といい続けていた理由」
 
という項目から始まり、まずは大阪大学名誉教授、中村仁信氏(以前の放送で「放射線は健康に良い」発言をして物議をかもした)から国際放射線防護委員会(ICRP)がLNT仮説を支持するに至った経緯が説明されます(同様の解説はこちらでも述べられています)。
 
しかし、実はショウジョウバエ精子はDNA損傷の修復機能をもたない細胞であって、それをそのまま人間に当てはめる事は出来ないという事になり、現在では急性被ばくと慢性被ばくの影響の違いも分割すればその影響は少なくなると考えられていると言います。
 
そしてICRPの勧告もどんどん変わってきていて、今の放射線量に比例するというのは古い考え方であるという事が示され、「ショウジョウバエ精子が修復機能を持たないというならば、(それを人間に当てはめる事は)科学的に妥当ではないのではないか」と宮崎さんが武田教授に振りますと、彼はこれに対し「まったくそのとおり」であると同意します(DVD9分)。
武田教授自身も、彼がかつて行った「生体の補修機構を利用した人工的な構造材料」という研究においても、人間などの哺乳動物は紫外線とか放射線に対して遺伝子の修復機能を非常に強く持っているという見解に至った事を述べます。
そして放射線活性酸素が出て、その活性酸素が遺伝子を攻撃して傷付けるという中村氏の説明に対しても、武田教授は同じ見解である事が確認されます。

ではなぜそこまで認識が同じなのに、武田氏が年間1ミリシーベルトを支持するのは? という事で、いよいよ本題が始まります。
(13分)
 
武田教授はここで『予防原則』というものを持ち出し、自分はこれの支持者である事を訴えます。
これにはまず、1992年のリオデジャネイロの合意というものがあり、
 
・〔科学的に分からない事がある場合がある。〕
・〔重大かつ取り返しのつかない様な損害が予想される。〕
この2つの時には多少慎重にやれというのが予防原則の思想であって、日本における水俣病の教訓からも、予防原則は学問的にはっきりしないものは安全側で規制するという事になり、だから1ミリシーベルトを支持しているのだと言います。
 
そして宮崎さんが、
 「ここで確認したいんですが、放射線の健康に対する影響というのは、未だに科学として分からない、確実性の乏しい領域なんですか?」
と武田教授に振ると、彼は即座に
 「いえ、私は【合意】がそこまでいってない。」
と述べ、実は社会的な合意ではなく、専門家集団の合意が出来てない事が問題の本質であってそれには中村氏も同意し、
「極端に安全という人もいれば危険という人もおり、ICRPは両方の意見を見て程々の所、それもかなり安全側に寄って勧告を出している。」
という中村氏の意見に、今度は武田教授も同意するという事になります。
そこで宮崎さんが、
宮崎 「武田先生の1年1ミリの勧告というのは?」
と質問すると、彼はこう答えます。
武田 「ICRPNPOですし、えらい先生が皆集まってますから。それから今までの国際的な基準を決めてきたという実績もありますね。だから尊重しなければいけないんですが、あくまでも日本国民は日本国内の決定に従うべきだ。従って現在私の認識は、日本の国内法が依然として一年1ミリシーベルトを基準にしてる、という事で一年1ミリシーベルト
そして2つ目に「安全率」を挙げ、食品添加物などの例として1/100ぐらいにするという方向で食品添加物とか農薬とかはそれなりに多くの人の支持は得てきたという事。
 
そして3つ目として「被曝側からの見方」という事を挙げ、被曝する子供や心配するお母さんから見た場合という見方をした場合、被爆者側から見た被曝の計算が一般的になされにくいという問題を挙げ、こう続けます。
 
武田 「お医者さんに行きますと、レントゲンの被曝しか見ない。あなたはこれまでどう被曝しましたかという事を慎重に半日かけて計算して、この子はCTやっても良いとかご判断されるケースは稀で、普通はまあすぐ歯のレントゲン撮りましょうなどとなってしまう。」
つまり、被曝側から見れば全体量の規制・考え方を持ってこなければならないと彼は主張する訳です。

では肝心の、低線量での被曝は危険なのか危険ではないのか?
ここで中村氏が、今までの原爆データやチェルノブイリデータでは不十分という共通認識の下、広島長崎の原爆データを示して100ミリシーベルト以下の部分は良く分からない旨を述べるのですが、武田教授もまた様々な論文を利用者として読んで見た時、「はっきり言ってもう分からない」と語ります。
そして宮崎さんが、
宮崎 「放射線が「害」であるとする立場と、ホルミシス仮説を指示されている方の様に「益」もあるとする立場では、スタンドポイントによってデータの見方がまったく違ってしまうと考えていい訳なんですね?」
と尋ねた時から、武田教授の注目発言が始まります。
(30分)
武田 「誤解しないで頂きたいんですが、放射線を被曝することによって、その線量によっては当然、生体に対していい影響を及ぼすと思ってます。
(31分)
武田 「ホルミシス仮説なんてのはね、仮説であるはずないじゃないの。こんなの当たり前ですよ。
 

これ以降は、しばらくその議論を追って見てみましょう。
(32分~)
武田 「議論する事もないし、「ホルミシス仮説」なんていう「仮」なんて付けるのが間違っている。」
宮崎 「という事は、武田さんの立場というのは、生態の防御系という事を考えれば、放射線に関する影響という点でもどこかに閾値はあるだろうと。でもどこにあるのか分からないから大事をとるべきだ、そういう風に考えていいのですか?」
武田 「いやいや、どこにあるか分からないという風に僕が言う事は出来ない。それは専門家が言わなきゃいけない。専門家が1とか10とか100とか言ってくんなきゃ。」
宮崎 「それはいつか言える? 今でも言える?」
武田 「いや1って言ってる。仕方ないから僕は1って言ってる。」
宮崎 「でも100って言ってる人もいますよ。」
武田 「いやいない。合意としてはいない。」
宮崎 「いないんですか?」
中村 「ええ、いません。」
宮崎 「じゃあ何で100ミリシーベルトが一つの目安になっているんですか?」
中村 「それは原爆のデータで、100以下は有意でないと。」
宮崎 「ああ、確率論的な問題でしかないと。今までの所、生体に対する有意な影響というのは確率論的にみられないという事を示すに過ぎないという事なんですか?」
中村 「そうなんです。いや武田先生がホルミシスをあの、びっくりしました。」
宮崎 「私も驚きました。」
 
武田 「いや僕は常識ですから当たり前だよ。(笑)」
中村 「毒物学ですと、微量の毒は薬になるとかそういうのは常識なんですね。ですからトリカブト、あれ1/1000に薄めたやつは漢方薬になってます。」
武田 「そうです。だからねホルミシスという言葉嫌いなんですよ。これは当たり前の事だからホルミシスなんてあるらしいね、なんて言われて困ってね。
 僕なんか困るんですよ。先生なんかラドン温泉どうのこうのってラドン温泉なんか健康にいいに決まってるじゃないですか。それはラドン温泉に入れば被曝しますから。被曝すりゃその時に防御系が出るから。
 こんど食品で怪しいもの食べた時に、そりゃ防御するかもしれない。そりゃ原理原則とすりゃそれに決まってるんでね、そんな事いちいち文句言ってもらっても困ると。」
宮崎 「原理的な話をされても困ると。」
武田 「原理的な話はもう十分に分かってるし、もう学問的に仮説の領域は通り過ぎていますよ。それはもう、放射線は当たった方がいいに決まってる。」
宮崎 「であるにも関わらず、低線量というのを非常に規制すべきだという風にお考えなのはどうしてなんですか?」


ここからDVDはしばらく「しきい値」問題と原発事故でガンは増えるかの議論が行われますが、武田教授の1ミリシーベルト規制に対する思想はこの後登場します。

福島原発事故でガンは増えるか?
(41分)
中村 「武田先生の本によると、1ミリシーベルトで1億人だったら5000人のガンが出る、これは確かに初期のICRPの考え方でもあった。集団線量0.01%など問題じゃないのではないかといった場合、一億人なら一万人ガンが出ると言ってびっくりして、それなら防御せにゃあかんといってそういう時に使われてきたが、今は、100ミリ以下はとにかく影響が分からないのだから、分からないのにそういう計算をしてはいけないと2000年勧告でははっきり言っており、直線だからこの線に合わせるとこれだけガンが出来ると論じるのは妥当でないとはっきり言っている。」
 
武田 「これは僕も同じ事言ってる。私はLNTという名前も覚えたくないぐらいで、さっきのホルミシスと一緒で、LNTというのを覚えたくないのね。
 僕は自分でよくICRPの人達の議論を見たらね、分かんないから直線引いたってだけなの。分かんないから直線引いたってのとなんとかモデルってのは違いますよ。」
宮崎 「科学的なモデルにはなっていないと。」
武田 「なってない。全然科学的なモデルを立てる様な元々データがない。それなのにモデルっていうのはおかしいから、僕なんか大体直線しきい値なしモデルなんて一体あるの?と。
 で、それをどう言うかって事なんですよ僕が言ってるのは。ここにICRPが言っている「概念論」ってのがある訳。」
 
武田 「受け入れられる限度と受け入れられない限度とがあってその中で考えましょう。そうすると、社会的に耐えられない限度、〔線量拘束値〕という概念もいいだろう。
その中間に、「望ましくはないが社会的に耐えられる線量」、これがあるかどうか私は実は元々疑問に思っていて、これは、被曝が害と思わないとこの概念は出てこない
僕は、この概念はおかしいけど、この図をICRPは撤回したかというと、僕は撤回してないと認識してるんです。
 撤回してないという事は、望ましくないという概念に基づいてこの線量を決めて、実はここが線量拘束値が1ミリシーベルトであり、「最適化の再検討を要しない線量」、「免除レベル」と書いてある所が0.01ミリシーベルトつまり10マイクロシーベルトであるという、この概念がねICRPが捨てない限り、僕はねえ、あなた捨てて下さいよって僕は迫っている訳ですよ捨ててくれたら初めて私は意見変えますよと
だけども専門家が捨てないのに、僕が勝手にこれにバツ付ける事は出来ないです。そこ!」


この後も武田教授の持論は続いていく訳ですが、結局彼が年間1ミリシーベルトを支持しているのは以下の論点によるものなのです。曰く、
 ・国内法で決まっているから
 ・政府も医者もマスコミも皆がそう言ってるから
 ・放射線従事者も今は年間1ミリシーベルトに下げようとしているから
つまり、社会的な「納得性」がすべて1ミリシーベルトが妥当であると示唆しているので、だから自分は年間1ミリシーベルトを支持しているという事なのです。
しかしご存知の様に、「皆がそう言うから」の中にご自身も含まれるという事を武田さんは自覚なされていないようです。
事実、初めて中村氏とテレビでやりあった後、自ブログではこんな風に書いていますし、今までさんざん、1ミリシーベルトを少しでも越えると危険であると思い込んでしまう様な事を述べていたのは武田教授であったのです。

このDVDはまだまだ続きますが、とてもすべての内容をここで紹介しきれるものではありません。興味のある方は、ぜひご自身の目でご覧になって下さい。
また、このDVDの内容はぜひとも本の形で出版してもらいたいとも思います。

これ以降は後半部での彼の注目発言を紹介して、このエントリーを終えたいと思います。とにかく今回は、やたら疲れました。

(55分)
武田 「僕は今、一年2ミリシーベルトの表って出してるんです、具体的なの。野菜はこれ食べていい、牛乳はいけない、卵はいいって出してるんです。それは何でかったら、合計2ミリシーベルト
それはどうしてかというとね、僕は5ミリシーベルトまでは危険という事はないんだ。だから1ミリシーベルトは望ましい被ばくで、5ミリシーベルトまではまず安全と考えていいので、お母さんは1から5の間に入るように努力して下さい。
(中略)
 それは病室でも、子供でも5ミリシーベルトまでは医者が診て使ってる訳ですよ。ですから大体5ミリシーベルトぐらいは今までの歴史からいって大丈夫だという事は分かってます。」


(1:05分)
武田 「一年1ミリシーベルトは健康の問題ではない。約束の問題だ。一年1ミリシーベルトで行こうと約束しちゃったんだから仕方がない。