杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

12年目

あの日から12年、気が付けば干支も一回りする年月が過ぎました。

個人的にはこれほど時間が過ぎたという認識はないですが、あの時の子供達が今は高校生となり、その子達が地元で新たな語り部として活動している姿がテレビで紹介されているのを見て、改めて年月の重さを感じます。

まあ自分も歳取ったと…。

 

テレビ各局が組んでいた震災特集の中で、今年特に目立ったのがこの「震災の伝承」というテーマでした。

先ほどの高校生達は『震災を記憶する最後の世代』とも言われ、あの時子供心に感じた思いを語る彼らの言葉には、大人とはまた違う説得力がありました。

NHKでは特設サイトを開設していますが、定点映像など見ると被災地が復興していくにつれどんどん津波の痕跡も消されていっているのが見て取れます。

 

前年の3月11日からこの一年を振り返ると、その消された津波の痕跡を探す旅をしてきた気がします。

これからこの日の記事は備忘録として、訪れた震災関連の地を書き綴っていこうと思います。

 

(2022年3月)

5年ぶりに陸前高田の「奇跡の一本杉」を訪れました。

周辺は「道の駅高田松原」や「東日本大震災津波伝承館」などの施設も整備されていて、ちょっとした浦島太郎の気分でした。

敷地の端には被災した旧「道の駅高田松原」の建物が震災遺構として残されており、改めて津波の高さを実感します。

 

(2022年4月)

花見がてら、新たに公開された石巻市の震災遺構「門脇小学校」を訪れます。

垂直避難が通用しない「津波火災」、迫りくる火災から逃れた実際の避難経路など、新たな発見がありました。

ここには仮設住宅の実物も展示されていて、避難生活の一端を垣間見られる興味深い展示コーナーとなってました。

 

(2022年4月GW)

この年のGWは「みちのく潮風トレイル」を巡る旅、その初日に「たろう観光ホテル」に立ち寄ります。

「みちのく潮風トレイル」は三陸復興公園を巡る旅、風光明媚な場所が多々あり、ここでは震災の事も忘れてしまいます。

国の天然記念物に指定されている、人と共存する唯一無二のウミネコ繁殖地「蕪島(かぶしま)」はお薦めの観光スポットです。

 

(2022年9月)

福島県いわき市まで国道6号線を走り、2020年に出来た「道の駅なみえ」で一休み。

でも国道沿いには未だ手付かずのエリアも多数。

走りながら改めて原発事故に思いを巡らせます。

ここを通り過ぎ、原発事故後休業となって8年ぶりに2019年に再開した「道の駅ならは」でまた一休み。

 

(2022年11月)

「南三陸さんさん商店街」、ここはほぼ毎年訪れてますがこの時は商店街にこんな幟が。

商店街の奥に新たな施設「南三陸311メモリアル」が出来ていました。

デザインは隈研吾氏、サイトを見てみると彼は周辺施設の構築に早くから関わっていた事が分かります。

メモリアルのサイドには、気仙沼線BRTの志津川駅もリニューアルされていました。

この施設の完成により、南三陸復興祈念公園周辺の整備はすべて完了となりました。

ここは別に特別な記念日だけではなく、いずれ何度も訪れる場所となる事でしょう。

 

そして2023年1月、今年初めに訪れたのは聖地巡礼も兼ねて(笑)「道の駅大谷海岸」。

気仙沼界隈の寺社巡りの途中に立ち寄りましたが、中ではしっかり映画とコラボしていました。

個人的にも、作品中でここが登場したのは嬉しい思いでした。

 

そして気仙沼でどうしても行きたかった場所が大島にある「みちびき地蔵」、震災の被害を受けましたが翌年の2012年に再建されました。

ここを題材とした民話は震災後に改めて注目されましたが、境内の中にその悲しい物語が紹介されています。

ここもある意味、津波の恐ろしさを後世に伝える立派な伝承施設とも言えます。

 

震災から12年、ここに来て南海トラフ巨大地震を想定した新たな津波想定区域が指定され、対象自治体ではそれに備える動きも出て来ました。

地震はいずれまた必ず来る。

その時のためにもこれからはますます「伝承」の重要性が増していきます。

普段の生活の中で震災が語られる機会はめっきり減ってきましたが、それでも今年は福島第一原発での処理水放出やトルコの大地震などもあり、改めて震災を語り続ける意味はあると感じます。

個人的にも折を見て、これからも被災地の伝承施設を訪れて行こうと思います。