杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

週刊文春のトホホな見出し

週刊文春3月1日号において、「郡山4歳児と7歳児に「甲状腺がん」の疑い!」という刺激的な見出しが付けられた記事が載りました。
そしてその記事について本誌発売前の先週23日、検査をした医師側からの抗議の会見が行われ、それに対して今度は文春側から再反論の会見が行われるというちょっとした騒動があり、おかげで週末はずっとその件を追いかけるはめになってしまいました。
そして私は、「伝え方」という事についてしみじみ考えさせられてしまったのです。

そもそものあらましについては、北海道新聞の以下の記事がもっとも簡潔に著しています。
(以下引用 ↓)
札幌避難の309人、甲状腺に問題なし 内科医らが子どもら検査(02/23 12:00)
 札幌市内の内科医らが22日までに、福島第1原発事故に伴う放射能の影響を懸念して同市に避難している18歳以下の170人を対象に無償で甲状腺検査を実施、全員に問題がなかった。
 さっぽろ厚別通内科の杉沢憲院長らが避難世帯の要望で昨年12月から、0~18歳(平均5・6歳)を対象に行っていた。超音波による画像診断で、4人にしこりが確認されたが、精密検査の結果、全員良性だった。<北海道新聞2月23日朝刊掲載>
(引用終わり ↑)(魚拓はこちら
毎日新聞はもう少し詳しく、具体的な人数も紹介されています。
(以下引用 ↓)
東日本大震災原発事故で避難の18歳以下170人、甲状腺異常なし 札幌の病院が発表 /北海道

福島第1原発事故後道内に避難してきた人らを対象に無償の甲状腺検査を実施してきた「さっぽろ厚別通内科」の杉沢憲院長は23日、18歳以下の170人全員に異常はなかったと発表した。
 杉沢院長は避難してきた家族から相談を受け、昨年12月から今年1月にかけて、福島県宮城県、関東地方から避難してきた人と、札幌市居住者計 309人(生後5カ月~64歳)を対象に超音波検査を実施。18歳以下(170人)では5・1ミリ以上の結節(しこり)などが見つかった人が4人(2・ 3%)いたが、詳細な検査の結果すべて良性と確認された。19歳以上でも、精密検査が必要な異常があると診断された人はいなかった。
 杉沢院長は「全国に避難している子どもを対象に継続して検査する仕組み作りが必要だ」としている。【大場あい】
(引用終わり ↑)(魚拓はこちら
要は、検査を行った人達はすべて良性であったという事なのですが、それが週刊文春誌上ではこの様な見出しが踊る事になるのです(クリックで拡大)。
  

 【衝撃スクープ 郡山4歳児と7歳児に「甲状腺がん」の疑い!
 【福島からの避難民11人に深刻な異常が見つかった
 【医学的にはありえないしこりと襄胞…。
 【山下俊一福島医大副学長は「検査するな」とメールを

わざわざご親切に山下副学長の写真まで掲載されてます。
そしてこのページの見開き中心部には以下のような小見出しも貼られています。

     

さて果たして読者は、この見出しから一体どんな印象を受けるでしょうか?
何の偏見も持たず、素直にこの見出しだけを読みますと、

甲状腺検査を受けた何人かの子供にがんになるかもしれない異常なしこりが見つかったが、山下学長からはそれ以上の検査はするなとのメールが来て、これによりこの重大な事実が闇に葬られてしまう…。】

などという、どこぞのサスペンス劇場みたいなシナリオをつい思い浮かべてしまいます。
そもそも「見出し」というものは本文の要約であり、紙面を開いた時にまず目に入るものですから、読者はその見出しに引きづられて本文を読む事になります。
今回のこの見出しについては明らかに煽りであり、記事の筆者であるおしどりマコ氏も、この見出しについては文春側の反論会見の中でこのように述べています(会見参加者:週刊文春編集部デスク・前島あつし氏、記事筆者・おしどりマコ氏、週刊文春・取材担当・鎌谷一平氏
ニコニコ生放送より、強調は引用者)↓
http://live.nicovideo.jp/watch/lv82796320
(34:10)
文春(鎌谷) 「~当時4歳児と7歳児の子どもは細胞診を受けていません。二次検診では再度のエコー検査、血液検査を受けていますけども、それはガンであるか否かを最終判定するものではありません。
 勿論だからがんだと言う訳ではなくて、がんではない、良性だった、安全だったと厳密には確定していないのではないか、というのが編集部の理解です。」

(34:40)
マコ 「~『ガンの疑い』というのも、ちょっと私は見出しの件に関しては口をはさめませんので、少し煽り過ぎではないかと思い言いましたが、でも良性であると言いますより、おそらく良性の可能性があるけれども経過観察をするというのが、今回の診断に関して一番正確な表現ではないかと色々取材をして伺いました。」
(35:13)
文春(前島) 「さらには子供の場合、やっぱりこう甲状腺にこういう大きい結節が見つかるという事自体が異例な事ですので、その異常さをかんがみました。」
筆者であるおしどりマコ氏は【おそらく良性の可能性があるけれども経過観察をする】という見解であったのに、編集部は
【安全だったと厳密には確定していないのではないか
【子供の場合、やっぱりこう甲状腺にこういう大きい結節が見つかるという事自体が異例な事
思ったからあの様な見出しにしたという事なのですが、あんな見出しを付ければ読者がどう思うか、それをまるで考慮していなかったという事はないはずです。
そしてその結果、発売前にこの記事を見た杉澤憲医師が抗議の会見を行い、その中ではちゃんと正誤表も提出されました。
  

しかし、その会見で「事実誤認」と言われた部分がいつのまにか誤報として扱われ、そしてマコ氏がこの記事で取り上げた家族にこの記事が「誤報」だと言われたと伝え、家族は記事全体が「誤報」扱いされたと思って怒り、マコ氏の
「記事で書かれた事(甲状腺にしこり)はすべて事実である。」
との会見となった訳です。
どうもまるで伝言ゲームを見ている様ですが、改めて両者の会見をじっくり見比べてみますと、実はこの件は「がんになるのかならないのか」というのが本題ではなく、注目すべき問題点は別の所にあった事が見えてきます。

今回甲状腺検査を行ったのは本来専門外である内科医であり、彼はこの検査をボランティアで、避難者達の不安を払拭する意味合いで行っています。
しかし避難者の中の何人かからしこりが発見され、福島医大の判定に従うと皆B判定で実際は二次検査は必要なかったのですが、敢えて再検査をした所結果的には良性であったという事になりました。

 

今回この件で一番の問題点として注目すべき事は、甲状腺エコー検査は福島県では昨年の10月から全県民を対象として行われていますが、他県では未だにボランティアのレベルでしか実施されていないという事です(→参考pdf)。
杉澤医師は抗議会見の中で、
「今回結果を受けて望む事は、今きちんと甲状腺エコーを取ることが大事だと思います。それで早く体制をとって18歳以下の子供たちに甲状腺のエコーを広く、福島県に限らず、そして今、今回全くなんでもないという方が8割いましたけども、それで安心するのではなくて、やはり継続的にきっちりとフォローしていくという事が大事だと思います。
 ですからそのためには、福島県だけじゃなくて、皆さんが無料で受けられる様な体制作りというのも国が責任を持ってやっていただきたいなと 思った次第です。」
「全国に善意の気持ちでやりたいけど検査がやりにくい雰囲気とかあると言うんですね。ですからそういう事がない様体制が取られる様な事を早く望みます。」
と述べており、まさにこの「体制の不備」という問題が一番のテーマに揚げられるべき事だったのです。
そしてこの甲状腺検査についてはマコ氏も、会見の最後にこの記事を書いた動機と共にこう述べています。
(1:15:30)
マコ 「ヨウ素の事故直後の内部被ばくについて、この記事を書く事でもう一度議論に上げたいうえに、今から事故直後のヨウ素の科学的評価をする事は無理なので、ではその事前策として、今回の甲状腺エコーは、もう一度手遅れにならない様に、事故直後のヨウ素の内部被ばくの評価と同じ様に、一年経ってからやはりやるべきだったという結果にならないように、現在進行形の今、もう少し議論されてもいいべきではないかと思って記事を書きました。」
つまり両者とも、ヨウ素による内部被ばくの検査の必要性を訴えてる点では一致している訳です。
ですから本来、正面から取り上げるべきは甲状腺エコー検査体制の整備の重要性と、福島県外に避難している人達へのサポート体制の充実という点だったのです。
ところが文春記事ではその様な視点からの切り口は見受けられず、ただ山下教授を諸悪の根源の如く批判するばかりで、県外避難者に対していたずらに不安感を煽るだけの内容となってしまい、挙句の果てに記事の最後には、
「今、求められるのは、現実を直視する勇気である。」
などと、さも検査が行われないのが陰謀ででもあるかの如く読者に印象付ける様な一文で締めている訳です(前出の見出しももう一度ご覧下さい)。

私は今回の騒動を見て、以前書いたエントリーの最後の部分をまた思い起こしました。
筆者本人の問題意識は、実は避難者の方達とも杉澤医師とも本当は同じであったはずでした。
しかし実際は、本来ならば編集側がしっかりと裏取りをする様突っ返したり、杉澤医師とも意思の共有を計るべく指導するべきはずが、本人の意向を無視してこんな煽りの見出しを付け、結果的にマコ氏の記事を単なる暴露もののスキャンダル記事に貶めてしまい、挙句の果てに福島県で行われている検査の信用性までも失墜させてしまっただけです。

ネット内ではおしどりマコ氏に対し賛否両論の意見が見受けられますが、彼女が一番責められるべき事は、このネタを文春に持っていったという事でしょう。



(参考)
togetterより:週刊文春に掲載された、北海道への自主避難者のお子さんに甲状腺異常が見つかったとの記事に対する、抗議の会見
togetterより:文春の記者会見に対する反応
togetterより:PKAnzug先生による「甲状腺癌は実はその気になって探せばすごく多い」って話。
JCF mailより:10月4日 信濃毎日新聞記事(最下段ページ)