杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

「低線量被ばくでも白血病」の記事で分からない事

11月8日、この日共同通信から「低線量被曝でも白血病と題された非常に気になるニュースが配信されました。
しかし、この配信ニュースを伝えた各社の報道を見てみますと、その報道の仕方によって随分違った印象を受けてしまいます。
またそもそも、大元となった共同通信の記事にしても、よくよく読んでみると不明な点が色々見えてきました。

ネット内で見つかったのは「中國新聞」、「産経新聞」、「日本経済新聞」、「47ニュース」で、このニュース記事を取り上げている人達のブログ等を見てみると、情報ソースは大体この4誌に基づいている様です。
が、それぞれの記事を読み比べてみますとまた違った印象を受けてしまいます。
まず、一番簡単に紹介しているのが「中國新聞」で、以下の様になります(強調は引用者)。
中國新聞
低線量被ばくでも白血病 チェルノブイリの作業員 '12/11/8
 【ワシントン共同=吉村敬介】チェルノブイリ原発事故の収束作業などに関わって低線量の放射線を浴びた作業員約11万人を20年間にわたって追跡調査した結果、血液がんの一種である白血病の発症リスクが高まることを確かめたと、米国立がん研究所や米カリフォルニア大サンフランシスコ校の研究チームが米専門誌に8日発表した。
 実際の発症者の多くは進行が緩やかな慢性リンパ性白血病だったが、中には急性白血病の人もいた。調査対象者の被ばく線量は積算で100ミリシーベルト未満の人がほとんど。高い放射線量で急性白血病のリスクが高まることは知られていたが、低線量による影響が無視できないことを示した形だ。
 チームは1986年に起きたチェルノブイリ事故で作業した約11万人の健康状態を2006年まで追跡調査。被ばく線量は積算で200ミリシーベルト未満の人が9割で、大半は100ミリシーベルトに達していなかった。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201211080140.html
極めて簡単な記事で、その内容と言えば『低線量の放射線を浴びた作業員約11万人を20年間にわたって追跡調査し』、そしてその結果として、『100ミリシーベルト未満でも白血病の発症者がいた。』という事を言っているだけで、一体何人が白血病となったのかその具体的な数など何も述べられておらず、正直、

「何じゃこりゃ」

といった感じです。
続いて同じソースでちょっとだけ詳しく書いていたのが「産経新聞」でした。中國新聞と違う部分を〔 〕で括り、緑色で色分けしてみます。
産経新聞
低線量被曝でも白血病 米追跡調査、チェルノブイリの作業員11万人対象
2012.11.8 14:22
 チェルノブイリ原発事故の収束作業などに関わって低線量の放射線を浴びた作業員約11万人を20年間にわたって追跡調査した結果、血液がんの一種 である白血病の発症リスクが高まることを確かめたと、米国立がん研究所や米カリフォルニア大サンフランシスコ校の研究チームが米専門誌に8日発表した。
  実際の発症者の多くは進行が緩やかな慢性リンパ性白血病だったが、中には急性白血病の人もいた。調査対象者の被曝(ひばく)線量は積算で100ミリシーベ ルト未満の人がほとんど。高い放射線量で急性白血病のリスクが高まることは知られていたが、低線量による影響が無視できないことを示した形だ。
 チームは1986年に起きたチェルノブイリ事故で作業した約11万人の健康状態を2006年まで追跡調査。137人白血病になり、うち79人が慢性リンパ性白血病だった。チームは白血病の発症は16%が被曝による影響と考えられると結論付けた。〕
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121108/trd12110814250012-n1.htm(共同)
今度は具体的に137人という数字が書かれ、その中の79人が「慢性リンパ性白血病」であった事が示されます。
よってこの記事からは、
「100ミリシーベルト未満の被ばくをした11万人から137人の白血病患者(うち79人は慢性リンパ性白血病)、この患者の16%が被ばくの影響」
という具合に受け取られる内容となっています。
しかし、「チームは白血病の発症は16%が被曝による影響と考えられると結論付けた。」という部分は人によっては、
 「低線量被ばくした人の16%が白血病になる」
などと誤解されやすい表現となっているので注意が必要と言えます。

そしてもっと詳しく述べていたのが「日本経済新聞」でした。「産経新聞」との違いをまた色分けしてみましょう。
日本経済新聞
チェルノブイリ除染で被曝、低線量でも白血病リスク
 【ワシントン=共同】チェルノブイリ原発事故の除染などに関わって低線量の放射線を浴びた作業員約11万人を20年間にわたって追跡調査 した結果、血液がんの一種である白血病の発症リスクが高まることを確かめたと、米国立がん研究所や米カリフォルニア大サンフランシスコ校の研究チームが米 専門誌に8日発表した。
 実際の発症者の多くは進行が緩やかな慢性リンパ性白血病だったが、中には急性白血病の人もいた。調査対象者の被曝(ひばく)線量は積算で 100ミリシーベルト未満の人がほとんど。高い放射線量で急性白血病のリスクが高まることは知られていたが、低線量による影響が無視できないことを示した形だ。
 チームは1986年に起きたチェルノブイリ事故で作業した約11万人の健康状態を2006年まで追跡調査。〔被曝線量は積算で200ミリシーベルト未満の人が9割で、大半は100ミリシーベルトに達していなかった。〕
 137人白血病になり、うち79人が慢性リンパ性白血病だった。〔統計的手法で遺伝などほかの発症要因を除外した結果、〕チームは白血病の発症は16%が被曝による影響と考えられると結論付けた。
〔 これまでに広島や長崎に投下された原爆の被爆者の追跡研究でも、低線量被曝による健康影響が報告されており、線量が低ければ健康影響は無視できるとの主張を否定する結果。チームはコンピューター断層撮影装置(CT)など、医療機器による被曝影響を評価するのにも今回の研究が役立つとしている。〕

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0802A_Y2A101C1CR0000/
ここでは中國新聞には載っていて産経ではカットされていた、
「被曝線量は積算で200ミリシーベルト未満の人が9割で、大半は100ミリシーベルトに達していなかった。」
という部分と、新たに
「統計的手法で遺伝などほかの発症要因を除外した結果、」
という部分が加わっている訳ですが、この記事から得られる情報はまずは、
「11万人中200ミリシーベルト未満が9割」
というものであり、そうすると逆に残り1割の人は200ミリシーベルト以上ともとれる訳ですが、11万人の1割と言えば11,000人であり、つまり少なくとも1万人以上は200ミリシーベルト以上の放射線を浴びていたという事になりますが、その様な理解となっても果たして良いのでしょうか。
また、
「統計的手法で遺伝などほかの発症要因を除外した結果、」
と付け加えられていますが、この「統計的手法」の意味もよく分かりませんし、具体的に何人?と思ってもそれは分からないという内容となっています。

そして一番詳しく述べられていたのが「47ニュース」で、共同通信の配信記事をほぼ全文紹介していました。
日本経済新聞でカットされていた部分をまた色分けします。
〔47ニュース〕
低線量被ばくでも白血病チェルノブイリの作業員/米追跡調査、11万人対象
 【ワシントン共同】チェルノブイリ原発事故の収束作業に関わった作業員約11万人を20年間にわたって追跡調査した結果、低線量の被ばくでも血液がんの一種である白血病の発症リスクが高まるとの研究結果を、米国立がん研究所や米カリフォルニア大サンフランシスコ校のチームが米専門誌に8日発表した。
 発症者の半数以上は進行が緩やかな慢性リンパ性白血病だったが、中には急性白血病の人もいた。
 調査は、事故発生の1986年から90年までに、主に積算で200ミリシーベルト未満の比較的低線量被ばくだった人〔を対象にした。〕うち約8割は100ミリシーベルト未満だった。
 137人白血病になり、うち79人が慢性リンパ性白血病だった。統計学的理由で〔事前に20人を除き、117人についてほかの発症要因を除外する分析を行った。〕その結果、約16%〔に当たる19人が被ばくの影響白血病を発症したと結論付けた。
〔 白血病になった137人は、事故後原発から30キロ以内で緊急対応に当たった人や軍人、原発の専門家だった。
 放射線による発がんの危険性は、100ミリシーベルトを下回る被ばくでは、他の影響に隠れてしまい証明が難しいが、〕
これまでも微量で持続的な被ばくによるリスクの指摘はあった。今回の結果はこの主張を補強する。
 チームはコンピューター断層撮影(CT)装置など、医療機器による被ばく影響を評価するのにも今回の研究が役立つとしている。
〔 昨年3月に起きた東京電力福島第1原発事故では、収束作業の現場の線量が高く、作業員の緊急時の被ばく線量限度を一時、100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。〕
 (2012年11月8日、共同通信

http://www.47news.jp/47topics/e/236010.php
この記事内容が共同通信が配信した記事の原文であるかはここでは確認出来ませんが、それでも他のものより数字も具体的に示され、より詳しい内容を知る事が出来ます。
ここでは、
「主に積算で200ミリシーベルト未満の比較的低線量被ばくだった人を対象にした。うち約8割は100ミリシーベルト未満だった。」
とあり、この調査で行った11万人は元々皆200ミリシーベルト未満の人を選んで行った事がここで分かります。
そしてこの中で8割は100ミリシーベルト未満、つまり具体的に言うと調査した11万人中、
 8割→88,000人は100ミリシーベルト未満
 2割→22,000人は100ミリシーベルト以上200ミリシーベルト未満
ということになる訳です。
しかし記事では、この11万人の中から白血病になった人が137人で、うち慢性リンパ性白血病が79人、そして被ばく影響によるものが19人と結論付けている訳ですが、そもそも記事中ではこの19人はただ「白血病」になったとしか書かれていません。
記事の前部分では、
「発症者の半数以上は進行が緩やかな慢性リンパ性白血病だったが、中には急性白血病の人もいた。」
とも書かれている訳ですが、この被ばくによるとされる19人の白血病が、慢性なのか急性なのかはっきりしない内容となっています。
そしてそもそも、この19人が一体何ミリシーベルト被ばくしていたのかという、我々が最も知りたい情報がまるで記されていないのです。
ここまで絞る事が出来たならば、この人達が浴びた放射線量など簡単に分かりそうなものですが、その様な一番大事な情報が明らかにされていないというのはどういうことなのでしょうか。
記事中では
「これまでも微量で持続的な被ばくによるリスクの指摘はあった。今回の結果はこの主張を補強する。」
とありますが、こんな中途半端な数字の出し方で、果たしてどれほど補強出来るのか、はなはだ疑問に思います。
そして尚且つ、
「昨年3月に起きた東京電力福島第1原発事故では、収束作業の現場の線量が高く、作業員の緊急時の被ばく線量限度を一時、100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。」
の部分などは何のために付け足したのか、意味不明です。
おそらく福島の原発作業員も白血病のリスクが高まっているとでも言いたいのかと思われますが、それならば尚更の事、もっと具体的な数字を記事中で示すべきではないでしょうか。
などとそんな事を思っていたら、次の日11月9日の河北新報4面(国際面)で、同じ記事が載っていました。↓
  (クリックで拡大)
そしてこの記事には、大分県立看護科学大の甲斐倫明教授(放射線リスク評価)の話も併せて載っています。
比較的低線量の被ばくが白血病などのリスクを高める可能性があることは、これまでも指摘されてきたが、米国立がん研究所のチームの研究結果はそれを補強する新たなデータと言える。
直接的に証明したとまでは言えないが、データを解釈した結果として、低線量の被ばくが発症に関係したと考えるのは妥当だと思う。
広島や長崎の原爆による放射線影響の研究とも整合する結果だ。
談話で述べられている広島での白血病発症リスクについてはこちらにその記述がありますが、それには確かに
「急性および慢性の骨髄性白血病と急性リンパ球性白血病のみにリスクの増加が認められている。 」
とありますが、しかし慢性リンパ性白血病については、
慢性リンパ球性白血病(西欧諸国とは極めて対照的に日本では非常にまれ)にはリスクの有意な増加は認められていない。
とあります。
甲斐教授の話では「データを解釈した結果」とありますが、そもそもこの新聞報道におけるデータから言える事は、記事中にも掲載されているこの図の事しか分からないのではないかと思います。
   
つまり今回の記事ではっきり言える事は、
低線量を浴びた11万人中、137人が白血病を発症し、その中で放射線被ばくの影響と考えられるのは19人
という事だけで、この人たちが浴びた具体的な放射線量は分からない、慢性なのか急性なのかも分からない、そしてそもそも、この11万人中19人という数が、これが通常と比べて多いのか少ないのかすらも示されていないという訳で、結局何だかよく分からない記事であるとしか言えない訳です。

ちなみにこちらは日本における白血病による死亡者数の地区別統計(2009年版)ですが、人口10万人あたり6.06人が平均で、地区別では鹿児島県が一番多く人口10万人あたり15.46人、全国平均の2.5倍以上というデータも示されています(これは地域的要因で、ここではウィルス性の成人T細胞白血病(ATL)が多いためとされています) 。
こうしてみると尚更、今回の記事は一体何だったのだろうと首をかしげるばかりなのですが、同じ疑問を抱いた方達がこちらで話し合っていますので、興味のある方はぜひこちらを見てみて下さい(この中では、発症者の線量は76.4ミリシーベルトであると言われています)。
ここでの意見によると今回の記事は、どうも正式発表前に載せられた疑いすらあるらしいという事で、そうなりますと果たして、この記事にどこまで信憑性があるのかという疑問すら浮かんでくる次第です。

そして今回一番気になった事は、共同通信の記事では、
放射線による発がんの危険性は、100ミリシーベルトを下回る被ばくでは、他の影響に隠れてしまい証明が難しい
と書かれていた部分が、日本経済新聞では、
線量が低ければ健康影響は無視できるとの主張
と書き換えられている事です。
この様な改変はおそらく担当記者自らの手によるものだと思われますが、こういう書き換えにより、低線量被曝の影響に対して読者を偏った視点に誘導しようとしているかの様に見えてしまいます。
この様な微妙な問題も内包した研究内容に触れる場合マスコミは、記者個人の思いよりも、まずは何よりも正確なデータの提示を優先すべきです。
そもそも一番肝心な被験者数のデータすら、共同通信では被ばく線量200ミリシーベルト未満は「8割」と書いているのに、中國新聞日本経済新聞は「9割」としています。この数字の差は一体どこから発生したのでしょうか。
8割と9割ではその人数差は11,000人にもなり、通常ならば当然統計データの結果に影響を及ぼす数字でもあります。
それほどまでに低線量被ばくした人を多くして白血病リスクを高く見せたいのか、と思わず勘ぐってしまいたい所ですが、このような数字の取り扱いだけはくれぐれも気をつけてもらいたいと思います。
今回の記事についても、これから正式に詳細が明らかになったならば、より詳しい内容をより分かりやすく伝えてくれる様、マスコミ各社にはぜひお願いするものです。