杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

好敵手(後編)

前編では日記の字数制限で紹介出来ませんでしたが、ここで改めて内容を紹介しましょう。
多分この部分は、この本の一番のハイライト部分であると思われます。

(p.201)
いま農学者が最も恐れていること
 バイオの名称を冠した製品が、最近やたらと目につくようになったが、こうしたブームを利用して詐欺まがいの商売も横行している。微生物商品と偽って、世界中に販売されている製品もある。

これだけ見れば一般的な事を言っているかのように思えますが、次の一文でこれがEMの事を指しているのが明白となります。

 数年前に商社から以来をうけて、ある微生物製品の微生物について検査をしたところ、明らかに微生物製品ではないことが確認された。一九九四年度の日本土壌肥料学界でも試験発表が行われて、有名な微生物製品の微生物性について、放線菌と光合成細菌がまったく検出されなかったことに疑問の声が続出した。

この事はEM問題に注目している人達にとっては周知の事で、1996年に発表された公開シンポジウム「微生物を利用した農業資材の現状と将来」における、「EMおよびEM資材の有効性を評価するためのタイ国内共同研究、その実用性試験と施用の農業及び環境に与える影響」の事である事はすぐに分かります。
ネット上では1996年の発表資料しかありませんが、実験は1994年4月から始まっており、その間研究者を対象に非公開セミナーも行われており、この本の記述はその時の内容によるものと思われます。
そして更にこう続きます。

 これについては、沖縄県農業試験場でもかつて三年間かけて効果試験を行ったが、その結果は思わしくなかった。沖縄経済連でもそれを踏まえて、農協への推進や販売は行っていない。

事実この当時、沖縄経済連(現JAおきなわ)では、アガリエ菌利用の微生物資材を販売してたようです(→参照)。

 畜産分野では、悪臭公害の防除に効果があるとの触れこみで販売されたが、夏場の悪臭には効果がなかった。家庭の生ゴミ処理では、悪臭、ハエ、ウジが発生し、液状生産物には大腸菌が発生していた、というのが実状である。

この液状生産物というのが、所謂「EM生ゴミ発酵液」というものですね(→参照)。
現在、環境問題への意識の高まりと共にこのような家庭での生ゴミ処理などが流行っていますが、考えてみたらその細菌検査などは誰も行っていない訳です。そしてこの処理方法が多くの学校で行われているのです。
ここで今更ながら気がついたのですが、EMによる生ゴミ処理を行っている学校では、この発酵液の細菌検査などを一度やってみる必要があるのではないでしょうか?
更に続きます。
(p.202)
 この製品については、販売業者の売り込み方法も異常であった。数多くの使用例から、うまくいった事例だけをとりあげて宣伝が行われている。
 微生物の技術としては、たとえば技術的に劣っている農家で使用しても効果が上がるべきで、技術レベルの高い農家が使ってそれなりの効果が出るのは当たり前である。また生ゴミ処理製品の説明および宣伝が、嫌気性細菌の活動が衰える冬場を中心に行われているのも問題であろう。

いや~、実にごもっとも。ここの部分などこちらがいつも問題にしていた事と同じですね。
それに期せずして、以前私が他のエントリーで紹介した実例に沿った事もここで述べられていたのにはびっくりです。
ところが本当の問題はこんな事ではないと筆者は言います。それが次の箇所。

 しかし問題は、そんなことではない。いま農業にとって「危機的な指導」が、農業を知らない主婦を中心に行われていることを、農学者たちは最も恐れているのである。

と警告し、それが「嫌気性細菌」によるところの堆肥作りであるとします。
「好気性細菌」による処理では【高温発酵】させるのに対し、嫌気性ではそれが行われず、その事は非常に危険な手法であると説きます。
そしてその理由を彼はこう述べるのです。

 みなさんは子どものころ、素足で土を踏まないようにとか、手で土を触ったあとは必ず手を洗うようにと教えられた覚えはないだろうか。それは人間の排泄物や、動物の糞尿による未完熟堆肥から発生した病害菌虫が、土の中に多くいたからである。
 密閉型の堆肥づくりは農業にとって危険であるだけでなく、周囲の生活も脅かす手法なのである。

いやいや、せっかくそれまでいい所を付いていたのに、ここで突如昔の事例などを持ち出して今の危険性を訴えてもいまいち説得力に欠けると言わざるを得ません。
ここで筆者が訴えたかった事は「未完熟堆肥の危険性」だった訳ですが、現在家庭で行われている堆肥作りの材料はあくまで「残飯」です。それを「糞尿」などを例に出して訴えてもどうしようもないでしょう。
この部分など、まさにただ不安を煽るだけのどうしようもない一文で、相手を批判したいがために無理にこしらえたものと思われても仕方ありません。
結局読者としては、この部分は、知らぬ間に相手と同じ事をしているという反面教師として捉えるというのが最も賢い読み方だろうと思われます。
(感想)
 ツメが甘い!

そして気になった「終章」。タイトルには「本物技術」などという単語が登場します。
筆者はその「本物技術」というものを以下のように紹介します。
 
そしてこう続けます。
(p.212)
 ところで私は「本物技術」というのは、前ページにまとめた七つの条件ではないかと思う。これは私が尊敬している船井総合研究所会長の船井幸雄先生もおっしゃっていることだが、私なりに解釈してまとめてみた内容である。

や、やっぱり…(^^;)。

しかし不思議な事に、この船井幸雄とアガリエ菌の関係をサイトで探してみてもほとんど情報は出てきません。それに何と言っても肝心の船井氏は比嘉さんと仲良しでいらっしゃいます。
となりますと東江さん、現在は船井氏とは縁を切ってるのでしょうか?
まあ経営理念にだけ賛同するなら別に船井ファミリーでいる事もありませんし、わざわざ商売敵のいる所に行く必要はないのですが、この辺の事情が気になる所でもあります(大きなお世話でしょうが)。


さてこうしてこの本を紹介してきた訳ですが、宣伝本の内容としてはEMとはあまり大差がないものでした。しかし現在、自治体やら学校、地方の農家などでは着実にEM利用者は増えています。
それに対して「アガリエ菌」というのはまだまだマイナーな存在だと言えます。
ではこの差は一体どこから来たのでしょうか?

一つは何と言っても比嘉さんの宣伝の巧さによります。
ターゲットを農業従事者だけに限らず学校関係者にも手を伸ばした事、広報のためのネット利用、NPOの連携、自らの講演活動、そして議員さんとの接触etc…。
あらゆる方面において比嘉さんのセールス活動によるところが大きかった訳です。
それは当時、この本のような批判にもめげず、自分の信じる道をただがむしゃらに突き進んだ比嘉さんの強引さ逞しさによるものだったのでしょう。
二つ目は「公開」という事ですね。
この「アガリエ菌」の正体はあくまで【企業秘密】であり、これを元に様々な他の微生物が作られるとしていますが、その製法もやはり企業秘密となっています。
それに対してEMの方は、大元の成分そのものは秘密としていますが、その増やし方を公開した事が大きく効いています(またその方法も簡単です)。
ここに企業としての理念の差というものが垣間見られて、比べてみると中々興味深いものとなっています。

EM側としては、まず広める事、これを一番に重視し、あらゆる手を使いました。その手法はまさに「数撃ちゃ当たる」方式です。
失敗例は使用した人のせいにし、成功例だけを徐々に積み重ねていきます。そしてそれをもってして、EMは効くものというイメージだけを消費者に植え付けていく、つまり「評判先行型」です。
それに対してアガリエ菌は、あくまで企業が求める元菌をそれで作るという性格のものなので、元々アガリエ菌が前面に登場する事はありません。相手先も一般人よりは専門業者、つまりこちらはどちらかというと「オーダーメイド型」と言えます。
しかしそのため、一般にはあまり広く知られる事はなくなってしまいました。
ここの差が一番大きかったと思われます。

商品名にしても、EMは何にでも頭に「EM」を冠する事でその知名度を上げていったのに対し、アガリエ菌を利用した商品には別な名が与えられ、その名を一般に浸透させる事は出来なかったのです。
事実、先程紹介したJAおきなわの記事中で扱われている商品名も「北斗S5」、飲料品もEMは「EMX-GOLD」などというのに対して、アガリエ菌の方はこのような名になっており、またこういうものもあるにはありますが、やはりアガリエ菌の名は表には出てきません。

そもそもアガリエ菌というのは発見者の個人名から付けられているので、おかげでそれを製品名に付ける事自体難しいものにしてしまい、結果普及の足かせになってしまったとも言える訳です。
そう考えますと、改めて比嘉さんの商売センスが良かったという事ですが、だからと言ってそれが素晴らしいものだという事では決してありません。

もちろんこのアガリエ菌にしても、どれほどの効果が認められるのかは詳しい検証が必要であり、この本に書かれてある事もすべてそのまま鵜呑みにする事は避けなければならないと考えます。
ただ、EMかアガリエ菌か、どちらか選べと言われたならば、私ならアガリエ菌を選ぶ事になるでしょう。
それは、こちらのゴミ処理の方法などは今実践しているのと大差ないので、何となく親近感が湧くからという単純な思いがあるのと、


同じ胡散臭さがあるにせよ、少なくともアガリエ菌には「波動」なんかはありませんからね。


尚、やまたろうさんの「農法あれこれウォッチング」において、アガリエ菌の考察が述べられています。
ぜひこちらも参照のほどを。→「アガリエ菌についての考察