杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

中村仁信氏は1ミリシーベルトが危険というのは誤解であると言っていた(後編)

前編で中村氏は、1ミリシーベルトというのは「防護のための線量」であると述べました。
しかしそうすると実際問題として、本当に危険な線量とか、安全な被ばく量とは一体どれぐらいなのかという疑問が湧いてきます。
核心とも言えるその部分についての議論が、これから行われていきます。


〔安全な被ばく量とは?〕
(56分50秒)
中村 「どこまで安全かと聞かれますよね? じゃあ発がんリスクという事を考えて欲しいんですよ。
 
 発がんリスクから見ますと、もっとも多い原因というのは勝手にDNAの複製エラーが出来て、これ10億に一回複製エラーが出来ますから、30億ある一個の細胞の中のDNAに3箇所くらい出来るんです、必ず。自然にどんどん複製エラーという遺伝子異常が出来ますから…。」
宮崎 「ちょっと待って。それは細胞分裂する時に自然に、自然状態で細胞分裂する時に必ずエラーが3箇所は出来ると、そういう意味ですね。」
中村 「そうです。ですから何にもしないでもがんになると思ってもらっていいです。
 で、放射線によるガンは活性酸素の異常ですからDNA損傷、まあ色んなそれによる原因もありますし、その他ウィルスによるがん遺伝子もある。で、遺伝子がまったくどうもないのにがんになる時もある。そういう事を色々考えますと、3割、30%はがんになります。
 
 で、放射線による増加分というのは、100ミリシーベルト慢性ですと0.5%、300ミリシーベルトですと1.5%、これも僅かなもんで、これ以下は分からない。じゃあどこまで安全ですかと言われたときには、正直言うと分からないと言わざるを得ない
 だけどその僅かな量というのは、いろんな原因でがんになりますから、例えば塩分を取り過ぎると胃がんになります。日本人は多いですよね。今週は塩分を余計に取ったと、その場合のリスクというのはあるんだけども分からない。
 赤身の肉をちょっと今週余計に食べたと、で大腸がんになるリスクというのはあるんだけども分からない。ま、その程度のもんですよと言わざるを得ない。
宮崎 「じゃこれね、今日本人はがんになる確率は二人に一人ですよね。そうすると二人に一人ってすごい高確率じゃないですか、50%だから。そこに今回の事故によって、まあ中村先生は否定なされてるけども、今回放出された放射性物質によってがんが発生したっていうのが、統計的にね、増加って事が考えられる?」
武田 「その直線の延長上で計算したら、幼児に限って言えば、20ミリシーベルト浴びたら150倍になる、幼児にだけ限ったら。あの、幼児のがんって結構少ないんですよ。」
宮崎 「150倍という見解ですがどうですか?」
中村 「さっきから何べんも言います様に、そういう線を引いてそこに当てはめる計算はしてはいけないと。分からないんですから。」
宮崎 「という事は分からない?」
中村 「正直言って分からないんですけども、ちょっとホルミシスの方から言えば、私はちょっと減ってもいいと思ってるんですね。」

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この後は中村氏からホルミシス効果を裏付ける疫学データが示され、武田教授は
「まったく納得出来ます。」
とそのデータを肯定した後、あの問題の発言を行う訳です。
ではこれ以下は、再び武田教授も交えた討論をお送りしましょう。
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(63分45秒)
武田 「問題はね、まさに研究…だからもちろんまさに今、福島原発が起こったタイミングが悪かったという話もありますよ。もうあと30年長かったら、被ばくは健康にいいんだという事になって、そしたらどういう事になるかというとですね、まず先ほどの原発で働いてる人の被ばく量が1ミリシーベルトにしてると同じ様に、原子力発電所の設計自体も変わっちゃうんですよ。
 設計ってのは1年1ミリシーベルトだという事で設計されてるんですよ。それに基づいて全部社会体制が出来てて、且つ従業員も1ミリシーベルトにしている。一般大衆も1ミリシーベルト。」
宮崎 「法律も1ミリシーベルト
武田 「今の段階でお母さんが自分の子供を考えた時に、放射線浴びた方がいいって決断出来るかって。」
宮崎 「出来ない出来ない。」
武田 「僕は出来ないって思ってる。出来ないと思ったら国はね、1年1ミリシーベルト! 例えば武田説であるならば5ミリシーベルトまでは許すというぐらいでやらないと、不安が広がってねどうにもなんない。やっぱり手続きを踏んで、ちゃんとした放射線のデータを出して、みんな国で合意して、そしてもう利権のやつらはじいて、そしてこれで行くと、いう風に早くやんなきゃいけない。早くやんなきゃいけないけども、今はだめだってのも僕も分かります。」
宮崎 「それはもう、科学的真偽の追求とは別のレベルの議論で、どのように社会的合意を取り付けていって(この合意は専門家の合意じゃなくて社会的合意)、政策を展開していくか、決断して展開していくか、そういうレベルの問題であると。」
武田 「私はね、一年1ミリシーベルトは健康の問題ではない。約束の問題だっつってる。一年1ミリシーベルトで行こうと約束しちゃったんだから仕方がない。
宮崎 「それは社会契約のようなもの。」
武田 「我々が間違ってるんだったら学問的にはね、やっぱり正しくしてかなきゃならない。それには時間がかかる。僕はね、研究データとしては今も明らかかもしれないけど、日本の学者を納得させ、世界の学者を納得させるのにちょっと20年ぐらいかかるんじゃないかと。しょうがない。」
中村 「そうなんですよ、実はね。意外と武田先生と意見が同じですが、世界的に見ると中々納得しない人が随分います。
 例えばイルカの時のグリーンピース、ああいうのがね放射線でもいるんですよ。ECRR(欧州放射線リスク委員会)ね、こういう人達はもう物凄く過激です。何と言うか、ICRPがまともな事言ってても、もうそんなもん違うと言って議論にならないの。」
宮崎 「ECRRっていうのは先ほど仰った、何万人…」
武田 「(死者が)40万人とか20万人とか。」
中村 「ですからね、そういう人達を納得させるのはまず無理です。で、国内でもですね、テレビで色々見てますと、例えばある某名誉教授でも、放射線は少しでも怖いんだからって未だにずぅっと昔の考えで言われてる方もあります
 で、中々それはICRPの罪もあるんですが、あれだけ長い間少しの放射線も怖いとずぅっと言い続けて、本にも書いて、あらゆる教育をして、世界中ですよそれも。ですから日本人はまだ知らない方ですよ。世界的に勉強してる人は少しでも怖いと頭に染み付いてますですから世界の反応の方がキツイですよ。ですからそれを改めるというのは本当に大変です。」

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そしてこの後、子供の甲状腺がんは増えるかという質問が提示されますが、中村氏は「増えない」、武田教授は「増える」と、ここでまた意見が分かれる事になります。
武田教授には思わず「今まで言ってた事は一体何だったの?」とツッ込んでしまいそうになりますが、中村氏は
 「あちらは元々ヨウ素欠乏症の人が多く、足らない所にかなりの量が入ってきた。日本ではそんな量は入ってないし、微量分がすでに入ってるのでそんなにばんばん入ってくるはずがない。」
と言い、武田教授は
 「今までの考え方でいくならば増えると考えるべきだ。専門家ではなくて、今までの世界全体の放射線甲状腺がんに関する、被ばくと甲状腺がんに関するコンセンサスに基づくと増えると。」
と、相変わらず自分の事は置いといて、「今までそう言われているのだから」という観点からの意見をただ述べるだけです。
そしてその様な発言を宮崎さんはこううまくまとめます。
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(69分)
宮崎 「専門家集団の従来の合意であるならば出るはずだという事ですね。まあ、望むらくは中村先生の予測の方が当たってて欲しいと思いますね。」
武田 「そうですね。」

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以上がこの対談の主な内容ですが、紙面の都合上カットされている部分もある事は断っておきます。
また、中村氏はホルミシス仮説を支持していますが、これはICRPの見解ではなく、あくまで中村氏個人の考えである事が対談の初めで本人の口から語られています。
そのため彼の発言には多少バイアスがかかっているかもしれず、また中での発言そのものの信憑性も、この対談だけでは確認する事は出来ません。ですから私としては、ここでの中村氏の説すべてをこのまま信じてしまうにはちょっと抵抗があります(信じたい気持ちはありますが)。
でも中村氏は、昨年3月27日と4月17日に放送された「たかじんのそこまで言って委員会」の中で、「多少の放射線は体に良い」と発言して物議をかもした訳ですが、その放送後彼は「月刊新医療2011年7月号」にこのような所感を発表しています。
「放射線科医として原発事故放射能漏れに思うこと」(pdf)
(以下引用 ↓)
「もちろん、低線量で健康被害がないからといって、被ばくを減らす努力がいらないわけではない。その理由は、がんの発生には多くの要因が関わっており、放射線だけと考えれば問題のない量であっても、他の要因に上積されて、がんの多くの原因の中の一つになる可能性があるからである。

「最後に、風評被害も含めて原発事故被害の大きさを実感した今、地震大国日本に原発はあわない、時間はかかっても原発のない社会をめざすべきであろうという気になっている。

(↑ 引用終わり)
これを読みますと中村氏は、ただ無条件に安全ばかりを訴えている訳では決してない事が分かりますし、私自身もこの意見には賛同するものです。
この所感は7月に発表されていますが、このDVD特別企画対談は、中で8月末に東電が累積放射線量を発表した件を述べていましたので、多分9月頃に収録されたものと思われます。つまり中村氏は、先の思いを胸にこの対談を行った訳です。
このケンカ討論の大きなテーマは、「怖がるならば正しく怖がる、怖がらないなら正しく怖がらない、そのためにはどうすれば良いのか?」という命題を視聴者に提示するものです。
ですから私達がすべき事は、片一方だけの意見に捕われる事無く事実を冷静に判断する、これに尽きると思います。
例えば、中で語られたホルミシス仮説についても、調べてみると最近では色々と研究が進んでいる様に見えますが、実験はまだマウスの段階ですし、有意であったとする統計のデータでも、見方によっては色々解釈される様なものです。
つまり実際にはまだまだ科学的には未解明な部分も多く、個人的には今の所は様子見というスタンスでいるのが正解ではないかと思います。
それと、調べたサイトでたまたま見つけた「LNT理論に関する論争」というのも中々興味深い内容です。
こういうのを見ますと、低線量での被ばくの影響というのは中村氏の言う通り、未だに(影響があるのかないのか)「分からない」という部分なのだという事が理解出来ます。
私などはこんな時、影響があるのかないのか分からないとするならば、要はそれほどまでに小さな影響でしかないのだなと思ってしまうのですが、これは楽観的過ぎるでしょうか。

それと、ネット内での議論を見て感じるのですが、冷静に放射線の影響を調べて安全であると判断する事と、原発擁護か反原発かという事は別な事です。
ネット内ではしばしば、安全を唱える者は原発推進派の御用学者とか「エア御用」などと揶揄する姿が見受けられますが、そういう人達には「安全を唱える反原発派」というのは、果たしてどういう姿に映っているのでしょうか。
それを「工作員」などと、まるでスパイ小説の読み過ぎかと思える様な決め付けをしている人も見受けられますが、こういう単純な二分法でしか語れぬ様にならぬ様、私達は普段から、様々な視点からものを捉えようとする事が重要なのだと改めて感じるのです。