杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

放射線は危険です。でも…

群馬県桐生市の庭山由紀議員のツイッター発言を継起とした騒動がこの所話題になっていますが、その彼女のブログで気になるエントリーを見つけました。
それは「むらさきつゆくさの会のおしらせ」というタイトルの記事で、そこに紹介されている講演会のチラシがかなり問題ありと感じましたので、今回は議員さんについてはひとまず置いておきまして、このチラシの件について考えてみたいと思います。

このチラシには太字も使用されて以下のような文言が並べられています。
(以下引用 ↓)
 普通「青色」の花を咲かせるムラサキツユクサが、微量の放射線の影響で突然変異を起こし「ピンク色」の花になります。
 微量なら安全・無視できると科学的根拠もなしに世間を支配していた放射線の危険性が明らかになりました。
 桐生市内の各地でピンクムラサキツユクサが観察されています。
(引用終わり ↑)
これを見てムラサキツユクサの突然変異について調べてみると、こちらの方がすでに詳しく調べてくれているのを見つけました。
このブログの管理人さんは結論として、

> この実験でわかることは、ムラサキツユクサにX線を照射すると突然変異を起こすことがあり、その結果はおしべの毛の色の変化という形で現れる。

とし、さらに、

> これ以上でもこれ以下でもありません。

とも述べており、私もその意見については全面的に同意するものです。
更に自分がこのチラシを見た時の意見を述べさせてもらえば、
「だから何?」
という感想しか出てこなかったという事でしょうか。
そもそも、植物と人間の代謝を同列に扱う事自体がナンセンスとしか思えません。

それにしてもこのチラシの文言は何とかならなかったものでしょうか。この中の
>微量なら安全・無視できると科学的根拠もなしに世間を支配していた放射線の危険性が明らかになりました。
ですが、これは先のブログ内リンクでの市川定夫氏のインタビューの発言の中の、
ムラサキツユクサのおしべの毛は一列に並んだ細胞から成り立ち、おしべの毛は先端部分の細胞分裂を繰り返して発達しますが、それが放射線などの影響で青の 優性遺伝子に突然変異が起こるとピンクになり、それを容易に観察できるという特徴を持っているのです。それまで低線量あるいは微量の放射線の影響についてほとんどわかっていないのに、「微量なら安全」「微量なら無視できる」と宣伝されてきましたが、これにより、微量でも突然変異を起こすことを証明したのでした。
の赤字部分を引用したのは明らかで、
 (市川)
> 微量の放射線の影響について ほとんどわかっていないのに、「微量なら安全」「微量なら無視できる」と宣伝されてきました
 (チラシ)
> 微量なら安全・無視できると科学的根拠もなしに世間を支配していた
 (市川)
> これにより、微量でも突然変異を起こすことを証明したので した。
 (チラシ)
> 放射線の危険性が明らかになりました。

と、あたかもムラサキツユクサの「突然変異」現象が人体にとってさも危険であるかの様な、「煽り」どころか「脅し」の様な文言となって書き変えられている訳です。
しかしこの様な表現は、放射線の影響を心配する人にとってはますます不安を増大させるものであり、それは健康面においてもマイナスの方向にしか働かないという事を、不安を煽る人達は果たして理解しているのでしょうか。

3月7~9日の長崎新聞のサイトに注目すべき特集記事が載りました。
記事内容は、100ミリシーベルト放射線を当てた細胞中のDNAの傷(2本鎖切断) は、24時間後にはほぼ全部が元に戻る(復元する)という結果になったというものです。
そしてこの実験を行った長崎大学付属原爆後障害医療研究施設准教授、鈴木啓司氏は記事の中で、
「福島の場合は低線量の慢性被ばく。そう考えると、DNAに傷ができても随時修復が入っていく」
と述べています。
ムラサキツユクサと違い、我々人間(ヒト)には放射線によって破損されたDNAを修復する力、言い換えれば即ち「放射線と戦う力」が元々備わっている訳です。
まあここで今更改めて言う事でもありませんが、私達は普段から約1.5ミリシーベルトの自然放射線を受け続けており、体内には約4000Bqのカリウム40が存在しているというのは、今や周知の事実です(→参照、より詳しくはこちらで)。
最近は食品の放射線の内部被ばくが問題になっていて、放射線被ばくの説明ではよくこんな単純化された図などが示され、心配する人達は皆この様なイメージを思い浮かべているのではないかと思います。↓

 

それでは私達の体は普段から、一体どのぐらいのダメージを受けているのか、ちょっとそのスケールを実感してみましょう。

私達人間には約60兆の細胞があります。そしてその細胞一個の中に、DNAは30億(塩基対)存在します。(→参照
このDNAは放射線だけでなく、活性酸素や毒素などからも常に攻撃を受け傷付いています。そしてこの様なDNA損傷は毎日一細胞あたり50,000~500,000回も起きているのです(→参照)。
傷ついたDNAは先の長崎大学の研究でも分かる様、「放射線と戦う力」により次々と修復されていく訳ですが、それでもストレス等により発生した活性酸素や、毒物等の環境因子の度重なる攻撃にしまいには修復しきれず、そうしてやがては細胞内に二重螺旋損傷などを残してしまいます。
しかしこうなった場合でも、今度は細胞が自ら死を選ぶ道(アポトーシス)を選びます。
そしてこの様な細胞は、毎日3000億個も死んでいるのです(→参照)。
私達の体というものは先の図で示された様な単純なものではなく、日夜破壊と再生を繰り返している、まさにドラスティックな戦場なのです。

よく低線量被ばくにおける健康への影響は確率的にしか分からないと言われ、不安を煽る人達は分からないから危険であると声高に主張する訳ですが、ではここでこれらの数字を頭に置きながら、ちょっとこんな事を考えてみたいと思います。
自然の状態では毎日一細胞中50,000~500,000のDNA損傷が起きています。ではそこに低線量の放射線が当たったとして、それが傷付けるDNAの数は果たしてどれぐらいなのでしょうか。
50,000にプラスする事100,000? 200,000? それとも500,000以上? 体全体には60兆の細胞があります。
先にも述べた様にDNAを傷付けているのは別に放射線だけではありませんし、そしてそんな中でも常に「放射線と戦う力」は次から次へと修復を繰り返しています。
ではDNAに今ある傷を付けた犯人は一体どれなのでしょう? この傷は放射線によるもの、これは別の活性酸素によるものとはっきり区別する事が出来るでしょうか?
そう、そんな事は分かる訳がないのです。
そして放射線量が小さくなればなるほど、DNAを傷付けるのは放射線よりも活性酸素など他の要因の方が多くなり、それらもまた「戦う力」によって修復されたりしますから、もうどの傷が放射線のものなのか知る事など不可能なのです。
だから結局、100ミリシーベルト以下でのがん死リスクというものは、実験での推定や疫学調査などで確率的にしか導けず、これが放射線防護という立場では、リスクを減らすために出来るだけ浴びない様にしようと言っている訳です(→参考pdf)。
そしてこの考え方によるならば、低線量における健康リスクを考えた時には、放射線以外のリスク要因を出来るだけ少なくする様にした方が望ましい訳です。

また、内部被ばくを危険視する意見の中では、このDNAの二重螺旋構造の切断が細胞の「突然変異」を生み出し、それがガンになるという説明がなされますが、長崎新聞特集記事には引き続き、細胞のガン化への興味ある仮説が紹介されています。それは、
 がんにつながる遺伝子変異をもった細胞は、自然に体内で生まれている。その細胞は日常、周囲の細胞と共に組織の一員としての役割を果たしている。だが、放射線被ばくなどの影響で周囲に大量の細胞死が起きると、そのすき間を埋めるように、がんの原因遺伝子をもった細胞が増殖する環境が整えられる。細胞死の規模が大きいほど、発がんリスクも高まるとの見方だ。
というものです(勿論ここでの「放射線被ばく」というのは「大量の細胞死が起きる」高レベルでの話です)。
つまり、放射線がDNAの二重螺旋損傷を起こし、それが突然変異を誘発して細胞がガン化するのではなく、元々あるガンの芽細胞が、その周囲の大規模な細胞死によって覚醒し、それがガン細胞になるという訳です。
これらの研究成果から研究者の鈴木啓司さんは、
「ある程度の細胞が死ななければ、がん細胞は増殖しないということ。そう考えると少しの被ばくでも危ないという主張はナンセンスだ。 」
とまで主張するに至っています。勿論これは、彼なりの科学的根拠があってのものです。
また低線量の影響の研究結果は、5月にマサチューセッツ工科大学からもプレスリリースされており、ここでも影響は考えられないという報告がなされています(詳細はこちらで)。

私自身は、ガンリスクというものを考えた場合は放射線ばかりではなく、他の様々な疾病要因にも注意すべきであると思っており、特に低レベル放射線の環境下では、現実的には放射線よりも他のリスク要因に目を向けるべきであると考えます。

 

せっかく「放射線と戦う力」がDNAを修復しても、そこにストレス等によって生み出された活性酸素が更なる攻撃をかけ続ければ、やがて修復機能は追いつかなくなり、それにより予定外の余計な細胞の死を招く事になり、その結果ガンリスクはより高まってしまうという事になる訳です(→参考)。
特にストレスは、チェルノブイリでも後々問題になった様にガンを含む数々の病気を誘発するやっかいなものであり、過度のストレスを与えられた者は結果的には、「戦う力」を奪われてしまうのと同じ事になるのです。
放射線の危険性を過度に煽るというのは、相手に対し余計な心理的ストレスを与え、その結果放射線よりももっと危険なリスクを相手に負わせる行為であるという事を、不安を煽る人達はよく理解すべきです。


放射線は危険です。でも私達はそれと「戦う力」を持っています。

放射線は危険です。でももっと危険なのは、『「戦う力」を奪うもの』なのです。




* 市川定夫氏への反論はこちら


(参考)
・『カクレ理系のやぶにらみ』より「セイヤさんへの手紙  突然変異する論理~ムラサキツユクサ~
長崎新聞ホームページ『龍~なが』より特集「東日本大震災から1年 低線量被ばく 長崎大と福島1~8
・『p4j がんばれ日本!!』より「自然界に存在する「自然放射線」のお話、高自然放射線地域に住む人々
・『ポストさんてんいちいち日記』より「自然放射線による被ばく、カリウム K40 とラドンRn222
・    同   「放射線によるDNAの損傷(DNAの修復・アポトーシス・免疫システムなど、がん化防止のプロセス)
・『かずさDNA研究所』より「DNAってなに? 用語説明
・『独立行政法人 科学技術振興機構JST)』HPよりプレスリリース「DNA損傷修復に重要な働きをする酵素を解明
・『ウィキペディア』より「DNA修復
・『シアワセのカタチ』より「死と進化 3000億個の死と60兆個の細胞でできたヒト
・『Global Energy Policy Research』より「低線量被ばくに健康への影響はあるのか?― MITレポートと放影研LSS第14報の解説
・『togetter』より「MIT から低線量被曝影響の研究論文~自然放射線の400倍でもDNAへの過剰影響なし
・「低線量被ばくの健康リスクとその対応(pdf)」
・『日経メディカルオンライン』より「チェルノブイリの健康被害、最も深刻なのは精神面への影響
・『All About』より「ストレスはがんの原因になるの?
・『原子力百科事典 ATOMICA』より「放射線の遺伝的影響
・『放医研ニュース』より「放射線の人体への影響(2)
・『ヤクルト ヘルシスト208号特集〔正しく怖がる放射線〕』より「解明されつつある「がん発症」のメカニズム(pdf)」