杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

編集部はうそをついた? (追記あり)

『鼻血「美味しんぼ」騒動』が止みません。
双葉町福島県大阪府大阪市からの抗議を始め、ニュースやワイドショーで取り上げられたり、とうとう環境省・復興庁・大臣など国や国会議員までコメントを出したりと、雁屋氏及びスピリッツ編集部では『してやったり』と大いに盛り上がっている事でしょう。

私も5月12日の発売日に早速立ち読みしてみましたが、まあ発狂ほどではありませんが、予想以上の内容となっていました(最も先週からネット内では「早売り情報」がアップされ、予備知識として予めそれを読んでいたので自分なりに覚悟は出来ておりましたが)。

前回の編集部コメントの中では、
「鼻血や疲労感が放射線の影響によるものと断定する意図はなく」
とありましたが、今号でそれは見事にしょっぱなから否定された訳です。
ただもう一度この編集部コメントをよくよく読んでみますと、このセンテンスには主語がありません。
そのため、『断定する意図はなく』というのがストーリーの事なのか作者の雁屋氏なのか、それとも編集部なのかがいまいちはっきりしていませんでした。
前回はこの部分がストーリーの事を指していると思い込み、また多くの人もそう捉えていたので今回の「アウト」という反応だった訳ですが、本編をよく見てみると、このシーンで放射線の影響だと述べているのは登場した井戸川氏であって、他の登場人物はただこの話を聞いているだけという立場にある訳です。

そもそもマンガ雑誌が出来るには、通常ですと本編作品が出来上がる前にはラフ原稿(ネーム)での打ち合わせが行われるはずで、それも雑誌発売日の一ヶ月以上前には作品の基本方針やら具体的な内容が示されているであろうという事です。
つまり編集部は、少なくとも今回の三部作の内容はすでに十分把握しており、多分慎重な編集会議の後にゴーサインを出しているはずです。
そしてその内容から見ても、おそらくかなりの反響が湧き上がる事は折込み済みであり、あの編集部コメントもこうなる事を予測して、予め用意されていたのではないかと私は考えています。

そう考えてみるとあの部分は、ストーリー内容を説明したものではなく編集部の見解とみるのが妥当であり、初めから

  【私共は】鼻血や疲労感が放射線の影響によるものと断定する意図はなく
   【ストーリー自体も】取材先の皆様の実体験や作者の実体験について、~」


と、こう書いておけば無用な誤解を生む事もなかったと思います。
まあ前回のコメントに関しては、(かなり問題はありますが)この部分については、編集部は一応うそはついていなかったと私は判断しました。

さて今回、更なる大きな反響を受け、また編集部からコメントが出されました。それを読んでみると、またちょっと引っかかる箇所が出てきました。
前回のコメントと比べながらその箇所をよく読んでみましょう。

(クリックで拡大→) 

 (尚これ以降は、単なる私の妄想である事を予めお断りしておきます。)
問題の箇所は以下の部分です(強調は引用者)。
 24号掲載の「美味しんぼ」作中において、鼻血や疲労感と放射線の影響を関連づける発言が出てまいりますが、前号で登場した医師のように、そうした放射線との関連性について、否定的な意見を持つ方多く存在します。その因果関係について断定するものではありません。
この「」とはどういう意味でしょうか? 
通常日本語の文でこの様に「も」という語が使われる場合は、同類の事柄が他にも成立していることを前提としています(→参考)。
つまりこの文節は、【肯定的な意見を持つ方が多くいる】という事が前提とされている訳です。
しかしながら実際は、鼻血と放射線の因果関係は多くの医師や放射線の専門家達から否定されており、因果関係を結びつける者などはほんの一部の反原発団体ぐらいです。
ですから本来ならばこのセンテンスは、

   否定的な意見を持つ方多く存在します。

とすべきものです。
しかし編集部は、敢えて【】を採用しました。これは何を意味するのでしょうか。
これ以降のコメントにはこう書かれています。
 実在の作中人物の意見を受けた表現は、事故直後に盛んになされた低線量放射線の影響についての検証や、現地の様々な声を伝える機会が大きく減っている中、行政や報道のありかたについて、議論をいま一度深める一助となることを願って作者が採用したものであり、編集部もこれを重視して掲載させていただきました。
この部分は、あそこを【も】とした事により、こういう意味となるのです。
『因果関係があるという多くの意見があり、それを黙殺する行政や報道のあり方を作者は問題とし、編集部もそれは問題だと考える。』
もっと意訳すれば、
『深刻な放射能被害が隠蔽されている! これを白日の下に晒すのが我々の使命だ!』
とでもなるのでしょうか。
つまり編集部も実は、雁屋氏が書いた内容には大いに同調しているという含みを持たせている訳です。
そして私はこの部分から、もしかしたらスピリッツ編集部は現在の福島の状況を、雁屋氏経由の情報でしか知らないのではないか、という疑いさえ抱いているのです。

この号の中では大阪でのがれき処理への言及もありますが、大阪で処理したがれきが岩手県宮古市のものであった事など、あの当時はかなり騒がれていた事もあり、ネームの時点ですぐこのぐらいの確認など出来たはずですが、どうやらそれもなされている気配はありません。

そして、鼻血初回が発売されて炎上してから福島県に確認したのは4月30日、その内容もこんなものでした(福島県HPより)。

  ・「美味しんぼ」に掲載したものと同様の症状を訴えられる方を、他に知っているか。
  ・鼻血や疲労感の症状に、放射線被曝(※依頼原文では「被爆」)の影響が、要因として考えられるかどうか。
  ・「美味しんぼ」の内容についての意見

こんな事などネームの段階で対処出来なかったのかと、編集部の対応には首をひねるばかりです。
これらの事を考えますとスピリッツ編集部は、雁屋氏の取材で描かれた今回の「鼻血美味しんぼ」の内容を、すべてそのまま信じていたと思えてなりません。

それまで雁屋氏は風評に悩む農家の方達も取材し、この様な風評を生む原因となった放射能と、それを生み出す原発の大罪を改めて確認する事となり、その思いを主人公の山岡に語らせます。
その事もあって編集部では、雁屋氏の取材の信憑性を誰も疑う事はなかったのではないかと想像出来るのです。編集部の目に映る福島は、多分雁屋氏の見た福島の姿だったのではないでしょうか。
風評で作物が売れない農民、故郷から遠く離れた地で寂しく暮らす避難民、そして鼻血被害を訴え、権力側から抹殺されたと訴える井戸川氏。
その姿こそ、放射能被害による悲劇の主人公という、まさに雁屋氏にとって理想の福島県民の姿であり、こうして「フクシマ」という名の『妄想の被害地』が形作られていく訳です。

しかし現実の福島では、事故後各所で様々な計測が行われ、やがて人が住めないほどの高線量地域はごく一部である事が分かってきたのは広く知られる所です。つまり「フクシマ」の様に、福島県全部が真っ赤になっている訳ではなかったのです。
そこに希望が生まれ、福島再生への歩みが始まります。
しかし放射能に対する「不安」が「勘違い」や「思い込み」を生み、やがてそれらが「忌避」の方向へと向かった時、それは「風評」として現地に降りかかります。
今回の鼻血の回では、まさにその「風評そのもの」の姿が描かれています。
そこに描かれたのは、福島の住民を最も苦しめた、

 「福島にはもう住めない。」

という悪魔の呪文です。

もし今回の三部作が、風評を作り出して福島の農家を苦しめている根本原因は原発にあるという、反原発団体さながらの最悪な結論に至るなら、雁屋氏は福島県民すべてを苦しめてきた「風評の正体」というものについて、まるで理解していないという事になります。

今回の内容について本日5月14日の福島民報論説、
 「【風評との闘い】応援団はずっといる」
ではこう述べられています。
風評という暗黒の海に投げ出され、光の見える海面近くまで懸命に浮き上がってきたところを金づちでたたかれたようなものだ。
そして郡山氏在住の順一さんのツィート

福島県民は、一部の危険地域の事例をもって福島県全体が危険とする風評が繰り返され、それが農産品や食品への風評被害のみならず、住民達に無言の圧力をかけ続けてきたという事実を忘れてはいないのです。


「鼻血美味しんぼ」はあと一回、最終話が待ってます。そこに何が描かれているかは作者本人とスピリッツ編集部しか知りません。
でも前回と今回を読んでみて、このマンガが意図する所が私なりに理解出来た気がします。

これは、山岡達が被災地を巡る旅で福島が自分と父のルーツである事を知り、そこが原発事故で失われたという怒りによって彼らが、不安と陰謀渦巻く疑心暗鬼の世界、「フクシマ」という名のダークサイドに落ちていく過程を丹念に描いたものなのです。

ご存知の通り、作品の中での山岡達の役どころはジャーナリストです。
しかしながら彼らは、その本分たる「裏を取る」という作業も忘れ、目の前で一方的に語られる話をまるまる信じ込まされていきます。
「勘違い」、「思い込み」、「誤情報」、「デマ」…。
しかし故郷が失われたという憤りと絶望が、彼らの理性を狂わせます。
そしてついには海原雄山に、
「これが福島の真実なのだ。」
と語らせ、ダークサイドの入り口が開くのです。

果たして山岡達は、いつの間にか風評加害者に変貌している己の姿を鏡の中に見て戦慄するのか、はたまた最終兵器「甲状腺がん」の前に、なすすべもなくダークサイドの深遠に沈むのか、最終話をしっかり見届けたいと思います。



(編集部コメント)
【スピリッツ22・23合併号掲載の「美味しんぼ」に関しまして】
より抜粋。

      また風評被害を助長する内容ではないか、
  とのご意見も頂戴しておりますが、そのような意図はなく、



J-CASTニュースより
「福島の温泉地で宿泊キャンセル」報道 「美味しんぼ騒動」風評被害が出始めた?

(画像はこちら


(5月15日 追記)
旅館キャンセルの件ですが、ニュース画像では数百人とありますが、実際は数十人の模様です(→こちら)。
誤報であるならば、テレビ局は早急に訂正発表してほしいものです。


(5月15日 さらに追記)
早売り情報がアップされてましたのでご紹介(問題あれば削除します)。

  (←クリックで拡大)

(文字起こし)
編集部の見解

このたびの『美味しんぼ』の一連の内容には多くのご批判とご抗議を頂戴しました。
多くの方々が不快な思いをされたことについて、編集長としての責任を痛感しております。
掲載にあたっては、福島に住んでいらっしゃる方が不愉快な思いを抱かれるであろうと予測されるため、掲載すべきか検討いたしました。

震災から三年が経過しましたが、避難指示区域にふるさとを持つ方々の苦しみや、健康に不安を抱えていても「気のせい」と片付けられて自身の症状を口に出すことさえできなくなっている方々、自主避難に際し「福島の風評被害をあおる、神経質な人たち」というレッテルを貼られてバッシングを受けてる方々の声を聞きます。
人が住めないような危険な地区が一部存在していること、残留放射性物質による健康不安を訴える方々がいらっしゃることは事実です。

その状況を鑑みるにつけ、「少数の声だから」「因果関係がないとされているから」「他人を不安にさせるのはよくないから」といって、取材対象者の声を取り上げないのは誤りであるという雁屋哲氏の考えかたは、世に問う意義があると編集責任者として考えました。
「福島産」であることを理由に検査で安全とされた食材を買ってもらえない風評被害を、小誌で繰り返し批判されてきた雁屋氏にしか、この声は上げられないだろうと思い、掲載すべきと考えました。
事故直後盛んになされた残留放射性物質や低線量被曝の影響についての議論や報道が激減しているなか、改めて問題提起をしたいとの思いもありました。

今号掲載の特集記事には、識者の方々と当事者代表である自治体の皆様からも厳しいご批判をいただいております。
医学的、科学的知見や因果関係の有無についてはさまざまな論説が存在し、その是非については判断できる立場にありません。
山田真先生から頂戴した「『危険だから逃げなさい』と言ってもむなしい」と言うお話には胸を衝かれました。
遠藤雄幸村長の「対立構図を作ってはいけない」と言うお話からは、『美味しんぼ』についてツイッター等で展開された出口のない対立を思いました。
識者の方々、自治体の皆様、読者の皆様からいただいたご批判、お叱りは真摯に受け止め、表現のあり方について今一度見直して参ります。

最後になりますが、避難指示区域からの長期避難で将来に不安を覚える方々、自主避難によって生活困難に陥ったり不当な非難を浴びたりしている方々への一層の支援は必要ないでしょうか。
健康不安を訴える方々が、今なおいらっしゃるのはなぜでしょうか。
小さなお子さんに対して、野呂美加様のお話にある「保養」を、もっと大きな取り組みとすることは考えられないでしょうか。
このたびの『美味しんぼ』をめぐる様々なご意見が、私たちの未来を見定めるための穏当な議論へつながる一助となることを切に願います。
「週刊ビッグコミックスピリッツ」編集長 村山広

結局、福島県民を苦しめてきた「風評」についてはスルーですか。