杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

「甲状腺がん特集」をぜひテレビで

2014年3月11日、報道各局が震災3年目の特番を組む中、「報道ステーション」では福島県で行われた甲状腺検査で、33人が甲状腺がんであった事についての特集を組みました。
幸いにも、この時間私は裏番組を見ていて本編を見る事はなかったのですが、そちらにチャンネルを変えた時は特集が丁度終わった時で、あの「33人」と書かれたボードの前で解説者と古舘伊知郎がコメントしており、それを聞いて何となくいやな予感はしていました。
案の定、その夜から翌日以降ネット内では賛否渦巻く炎上状態となり、それを覗いて見た内容から察すると、番組は福島医大病院の「今見つかっている甲状腺がんは、原発事故の放射線の影響とは考えにくい」という発表に疑義を挿み、病院側の検査体制やら診断姿勢を批判し、最終的には視聴者に、福島医大への不信感と甲状腺がんへの恐怖心を植え付けるだけのものだったようです。
それに対し病院側ではいち早く特集に対する見解を発表し、後に環境省からも見解を述べると言う異例の事態となりました。

そして3月19日発売の週刊新潮では、この「報道ステーション」の「甲状腺がん特集」を真っ向から批判する記事を掲載しました。
  
記事中では、松原純子(放射線影響協会参与)、三橋紀夫(東京女子医大教授)、中川恵一(東大病院放射線科准教授)、奈良林直(北海道大学大学院工学研究院教授)、松本義久(東工大原子炉工学研究所准教授)らが反論のコメントを載せていて、松原氏などは番組での甲状腺がんについての説明不足を指摘しています。

しかしこの記事で私の目を引いたのは、
甲状腺がん大国”へ
という中見出しでした(↓ クリックで拡大)。
  
一見不安を煽る様な見出しですが、中身を読んでみるとそれは、甲状腺がんの増加を原発事故のせいと印象付けた今回の特番により、日本もお隣の韓国の様になってしまうのではという懸念の表明でした。
東大病院放射線科の中川恵一・准教授は記事の中でこう語っています(改行・強調は引用者によります)。
「番組を見て、恐怖心を抱いた東京の人たちや福島の大人がこぞって検査をすると、甲状腺がんと診断されるケースがどんどん出てくる。なぜなら、年齢と共に発症率が高まるのが、このがんの特徴だからです。
韓国では乳がんと同時に甲状腺がんも検査するようになってから甲状腺がんが増加しました。現在、韓国の女性が最も多く患っているがんは甲状腺がんなのです。このままでは日本も早晩、“甲状腺がん大国”になってしまうでしょう。
検査によって甲状腺がんが増えれば、“放射線のせいで甲状腺がんが増えた”と一部メディアが騒ぐことは目に見えている。
また、避難生活を余儀なくされている方の健康状態は芳しくなく、高血圧、肥満症、糖尿病といった生活習慣病が増加しているという実態もある。
ストレスや生活習慣病によって増えたがんもまた、放射線の影響だと言われかねない
このコメントの通り、韓国は今「甲状腺がん大国」と言われており、近年でもそれを問題視した記事が登場しています。
中央日報こちらの記事では甲状腺がん患者数の推移が書かれており、それによりますと、
2000年の3288人から2010年には3万6021人へと10倍以上に増えた。一方、同じ期間、全体がん患者は10万1772人から20万2053人へと2倍増にとどまった。突然、韓国人ががんになりやすくなったのだろうか。 」
とあり、こちらでは更に、
「10万人当り59.5人(2008年基準)がかかるほど発生頻度が高い。これは日本の14倍に達する。甲状腺がん入院患者数は昨年(2011年)4万6549人で10年間に9倍増えた。 」
とあり、その増加の原因を、
・「超音波診断機器が町内の病院まで拡大しながら行き過ぎた検査をするため」
・「今まで韓国患者は検査を受けて腫瘍があると手術しようというようなサービスだけ受けてきた」
・「甲状腺がんの急増は健康保険拡大と検診増加と関連がある」
・「甲状腺がんの増加は医療機器の発達と組織検査技術の進歩に従ったこと」
などと紹介しています。

考えてみれば、今までは症状が現れてきてから医者に行き、そこで検査して初めてがんと診断されていたというのがこれまで登録されてきたデータでしたから、自覚症状のない段階でのスクリーニング検査で、新たに多くの甲状腺がんが見つかるというのは当たり前の事とも言えます。
そしてこちらの記事では、
「最も大きな問題は、こうした「過剰診断」と「過剰手術」が患者に不必要な身体・心理負担を与えるという点だ。がんの手術は副作用も少なくないうえ、甲状腺を除去すれば生涯ホルモン剤を服用しなければならないという問題もある。がん診断自体も患者と家族に不安感と負担を与える。 」
とあり、この様な事情も考慮して、我が国では全国規模のスクリーニング検査には反対する意見もあると聞きます。
この韓国の事例は決して他人事ではなく、もしかしたら近い将来の日本の姿かもしれません。
もし同様の全国規模のスクリーニング検査が我が国で行われたなら、放射能の不安に付け込み、住民の味方のふりをして甲状腺がんの検診を行い検診料を儲ける町医者などが、各所に現れるかもしれません。

震災後、ネット内では甲状腺がんについては数多くの解説がなされ、不安を抱く人の相談なども積極的に行われていましたが、それはネットを利用する人に限られ、それらの情報が広く一般の人に周知されていた訳ではありません。
甲状腺がんが今までテレビの医療・健康番組であまり取り上げられてこなかったのは、それが肺がんや胃がんなどと違い、命に直接関わるものとはあまり見なされていなかったからだと思われます。
尚且つ、チェルノブイリ原発事故で幼児の間で小児甲状腺がんが多数発生した事実から、甲状腺がんというものがチェルノブイリ事故の「悲劇の象徴」として広く認知されてしまった事が大きいと言えます。そのため福島県での若年層での甲状腺がん発生のニュースも、メディアの側ではこれを取り扱うのは極めてナイーブな問題となったという面があるのでしょう。
そうしてテレビ局で甲状腺がんを扱うこと自体がタブーとされた結果、正確な情報が周知されぬまま、世間ではただ悲劇のイメージばかりが膨らんでいるというのが現状ではないでしょうか。

この様な誤ったイメージを拭い去る上でも、甲状腺がんの特集をぜひテレビで取り上げてほしいと望むものです。良きにつけ悪しきにつけ、やはり老若男女が一同に会して見る事の出来るテレビの力は大きいもので、それは今回の報ステ特番の反響の大きさからも分かります。
それに文字だけの情報よりも、やはり生身の人間が自分の言葉で語りかける姿の方が説得力があるというものです。
その事は、甲状腺がん検診の結果報告でも、ただリーフレットの説明だけで済ませている事に対して、保護者の不満が大きかったという事が福島医大の見解の中でも述べられており、またこの甲状腺がん検診については国会審議でも度々取り扱われ、この中でもきめ細かい説明というものが要望されています。
出来うるならば、ただ一方的に甲状腺がんの説明だけを行うのではなく、参加者の質問に答えるディスカッション形式での番組構成が望ましいでしょう。
本来ならばこの様な特番は、「たけしの本当は怖い家庭の医学」の様な医療バラエティ等で取り上げてもらえばと思うのですが、あんな特集を組んだテレビ朝日には、多分そんな勇気はないでしょう。

この日の報道ステーションで、番組の終了間際に古舘伊知郎はこの様に語りました(記憶によるので正確ではありません)。
甲状腺がん放射線の因果関係がないという考え方の延長線上で言える事は、福島県とは全く関係のない遠い別の市でこういう検査をやると、がんと疑わしきあるいは結節が見つかる確率がそんなに福島とは変わらないという、これを盾に取る所があるんですが、それらの調査では調査数は1500人ほどです」
彼は一体何を言わんとしていたのでしょうか。
「だからこの様な比較などあてにならない」
なのか、それとも
「だからもっと広範囲に、全国的な規模でスクリーニングをやるべき」
なのでしょうか。
この日の特集では、子供が甲状腺がんと診断された母親が登場し不安の思いを語った様ですが、この様に未だに不安の中にいる人が存在するという事はよく分かりました。
ならば本来なら、どうすればこの人の不安を払拭する事が出来るのか、当事者の立場に立てばそう考えるのが当然だと思うのですが、ところがこの特番では逆に、ますます不安を募らせる方向へ進んでしまいました。
住民に対する病院側の説明不足や検査後の精神的ケアに問題があり、その不備を指摘して改善を促すというのなら話は分かりますが、こうやって住民の間に不安や不信感ばかり増大させる、一体それが何の意味があるのでしょうか。

3月28日付けの河北新報で、以下の様な記事が掲載されました。
甲状腺がん、福島は他県並み 環境省の比較調査
 環境省は28日、東京電力福島第1原発事故による福島県の子どもの健康影響を調べるため、比較対象として青森、山梨、長崎の3県の子どもの甲状腺がんの頻度を調べた結果を発表した。「対象者数が違うので単純比較はできないが、福島と発生頻度が同程度だった」としている。
  環境省は2012年11月~13年3月、青森県弘前市甲府市長崎市の3~18歳の計4365人を対象に、甲状腺の結節(しこり)などの有無を調査。福島と同様の56.5%に当たる2468人に5ミリ以下のしこりなどが見つかったほか、44人に5.1ミリ以上のしこりなどが見つかり、2次検査が必要と診 断されていた。 
2014年03月28日金曜日 (環境省からの発表はこちら
これらの結果は本来ならば、放射能への不安を抱く住民にしてみれば安心すべき内容なのですが、あの特番に脅された視聴者は果たしてどんな感想を抱くでしょうか。

甲状腺がんの検査や治療には、医師と患者の信頼関係が何よりも重要であり、また復興にしても住民と行政との信頼関係はかかせません。
そこに不信感が芽生えたなら、どうしたらそれを信頼に変えられるかという道筋を探る手助けをするのも、メディアの一つの役割であると私は思います。
しかしながら、一部のメディアによって風評被害放射能への過度な不安が作り上げられ、住民同士の相互不信をもたらせてしまったという事もまた事実です。
その反省すら行わず、ただ住民を不安にさせるだけの印象操作を行い、現場を混乱に陥らせるだけの偏向報道を作る事が「正義」だと思っているなら、それは単なる思い上がりでしかありません。

「ひとりよがりの正義感」などは、復興の足かせでしかないのです。


(参考)
・ふくしま国際医療科学センター:「平成26年3月11日「報道ステーション」の報道内容についての 福島県立医科大学 放射線医学県民健康管理センターの見解」
環境省総合環境政策局環境保健部: 「最近の甲状腺検査をめぐる報道について」
・ポストさんてん日記:「報道ステーションの甲状腺がん、ひどい偏向報道」
環境省報道発表資料(平成25年3月29日):「福島県外3県における甲状腺有所見率調査結果について(お知らせ)」
環境省報道発表資料(平成26年3月28日):「甲状腺結節性疾患追跡調査事業結果(速報)について(お知らせ)」
・専門家が答える暮らしの放射線Q&A:「甲状腺」
・ろっこう医療生活共同組合:「神戸での小児甲状腺超音波調査結果報告」
・togetterより:「PKAnzug先生による「甲状腺癌は実はその気になって探せばすごく多い」って話。」
・togetterより:「片瀬さんの「福島県での甲状腺がん検診のこれまでの結果で、甲状腺がんの発生が多発と言えるのか?」を巡るやりとりのまとめ」
福島民友ニュース(2013年9月10日):「 林隆一副院長に聞く 国立がん研究センター東病院 」
東日本大震災への対応~首相官邸災害対策ページ~:「福島県における小児甲状腺超音波検査について」
・THE NEW CLASSIC:「甲状腺がんの調査結果と子どもたちのストレス:福島第一原発事故から3年 」
・日本臨床検査薬協会:「チェルノブイリ原発事故と小児の甲状腺がん 」
中央日報(2012年11月02日):「韓国女性は甲状腺がん日本の14倍、その理由が…」
中央日報(2013年08月01日):「「がんです」 診断に恐怖を感じた20代女、日本で検査していたら…」
中央日報(2014年03月21日):「【社説】甲状腺がん世界1位の韓国、過剰診断・手術防ぐべき」
・toshi_tomieのブログ:「甲状腺検診ブームの韓国で、女性の罹患率の近年の異常な増加にも拘わらず、死亡者数に全く変化なし」
・資料(PDF):「韓国におけるがん対策(がん検診・がん登録等)の現状調査報告」