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河北新報に載った「1年に100ミリシーベルトは誤解」の記事は誤解を呼ぶ

平成26年12月8日(月曜日)、河北新報の読者投稿コーナーに面妖な記事が載りました。

このコーナーについては通常はWEB版では紹介されず、よって内容は地元の読者にしか伝わってはいませんが、その中身は大きな誤解を招く様な話だったので、今回ブログで取り上げる事としました。

まずはその問題の記事をご紹介しましょう。
(以下引用 ↓)
被ばく量と健康被害  「1年に100㍉シーベルト」は誤解

滋賀弁護士会弁護士
 井戸 謙一
(60歳・滋賀県彦根市

 政府は、福島第1原発事故で放出された放射性物質による年間積算線量が20㍉シーベルトを下回った地域の避難指示を解除し、住民の帰還を求める政策を着々と進めている。他方、福島県では小児甲状腺がん患者(疑いを含む)が103人も発見され、福島県や周辺地域で居住している人たちの間では長期低線量被ばくに対する不安も根強い。今わが国では、長期低線量被ばくによる健康被害の危険性をどう見るかが大きな社会問題となっている。
 本稿は、危険性の有無を述べるのが目的ではない。その前提たる知識を多くの人が誤解していることを指摘し、前向きな議論を進めるために、その誤解を解くことを目的とするものである。
    ◇    ◆    ◇
 長期低線量被ばくの危険性を軽視する人たちは「100㍉シーベルト以下の被ばくでは健康被害があるという証明がなされていない」と主張する。正しくは健康被害があるかどうか「証明されていない」であるのに、健康被害が「ない」かのような言説が広まっていることはひとまず置く。ここで言いたいのは、健康被害が証明されていないとされる被ばく量は「年100㍉シーベルト」ではなく「100㍉シーベルト」、すなわち累積線量(生涯において受ける線量)であるということである。
 平成23年11月、内閣宣房に「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」が組織された。同年12月22日付で公表された同グループの報告書では、
「国際的な合意に基づく科学的知見によれば、放射線による発がんリスクの増加は、100㍉シーベルト以下の低線量被ばくでは、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さく、放射線による発がんのリスクの明らかな増加を証明することは難しい」と書かれている。「年100㍉シーベルト以下」ではないことに留意していただきたい。厚労省のホームページには、もっと分かりやすく「実際に放射線を被ばくした人々の実際の疫学データに基づいて、生涯における、自然放射線による被ばく以外の被ばく量が100㍉シーベルト未満で、健康上の影響が出ることは科学的には確かめられていません」と書かれている。
 ところが、健康被害が証明されていないとされる線量について、一部の専門家と呼ばれる人たちが意図的に「年100㍉シーベルト」と述べたため、誤解している人が多い。新聞記事でも目立つし、裁判官や弁護士、原発反対の運動をしている市民の中にも誤解している人が多いのである。
    ◇    ◆    ◇
 健康被害が証明されていないとされる被ばく量が「年100㍉シーベルト」以下であれば、政府が住民を帰還させようとしている「年20㍉シーベルト」以下の土地で生活しても健康被害のリスクはないという帰結になる。しかし「累積100㍉シーベルト」であれば、年20㍉シーベルトを下回った土地で5年余りの期間生活すれば、累積100㍉シーベルトに達するのだから、安全性を説明しなければならない。政府は、その場合の健康被害について、線量率効果(同じ100㍉シーベルトの被ばくでも長期間にわたって被ばくした場合は短期間で被ばくした場合よりも健康影響が小さい)を指摘するが、明確な数値を示しているわけではない。多くの市民が「年100㍉シーベルト」と誤解していることは政府にとって好都合なのである。
 長期低線量被ばくは福島だけではなく、日本列島に住む全ての人の問題である。正しい知識を前提に、この問題を考えていきたい。        (投稿)
(↑ 引用終わり)
(←クリックで拡大)
何とも突っ込み所満載でありますが、そもそもの初めの部分(強調は引用者による)、
政府は、福島第1原発事故で放出された放射性物質による年間積算線量が20㍉シーベルトを下回った地域の避難指示を解除し、住民の帰還を求める政策を着々と進めている。
この部分を見ると、あたかも政府が年間20ミリシーベルトの地域に住民を帰そうとしているかの様に思わせます。もちろんそんな事はありません。
そもそも現在、福島県における避難指示区域は以下の様に分類されています。
 ・帰還困難地域
 ・居住制限区域
 ・避難指示解除準備区域
 (これらの詳細についてはこちらで分かりやすく解説されています。)
そして首相官邸ホームページを見ますと、そこに「原災本部決定(平成23年12月26日)の抜粋 」というリンク項目があり、その中で(基本的な考え方)としてこの様な記述があります。
現在の避難指示区域のうち、年間積算線量20ミリシーベルト以下となることが確実であることが確認された地域を「避難指示解除準備区域」に設定する。
同区域は、当面の間は、引き続き避難指示が継続されることとなるが、除染、インフラ復旧、雇用対策など復旧・復興のための支援策を迅速に実施し、住民の一日でも早い帰還を目指す区域である。
つまり、20ミリシーベルト以下になったら避難指示を解除するのではなく、除染作業などを重点的に行って帰還を目指す地域としているのです。
この平成23年12月26日の決定というものは正確には「ステップ2の完了を受けた警戒区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について 」という長ったらしいタイトルの報告書(PDF)なのですが、その5ページ目では更に詳細にこの様に述べられています。
除染の実施に当たっては、20ミリシーベルト以下の地域について、適切な優先順位をつけ、中間目標としての参考レベルを設定し、重点的かつ効率的な除染作業を行うこととする。
中間目標としての参考レベルとしては、例えば、現在、年間積算線量が20ミリシーベルト近傍の地点においては、まずは2年後に年間10ミリシーベルト近傍まで引き下げ、その目標が達成された場合には、次の段階として、例えば年間5ミリシーベルトという新たな参考レベルを設定し、除染作業を進めることとする。
また、「避難指示区域の見直しについて」という資料(PDF)では以下に示す様に、
  
  

と、20ミリシーベルト以下になっても、依然避難指示は継続されているのが分かります。

今回の投稿記事では、中間段落の◇◆◇~◇◆◇の部分にはまともな事も書かれており、確かにそこで指摘されている様に、
一部の専門家と呼ばれる人たちが意図的に「年100㍉シーベルト」と述べたため、誤解している人が多い。新聞記事でも目立つし、裁判官や弁護士、原発反対の運動をしている市民の中にも誤解している人が多いのである。
というのが事実ならば、それはそれでゆゆしき問題であるし、この事は大いに議論されるべきと思います。
しかしその前後部分については前述の通り、政府の方針について投稿者自身がかなり誤解している様に見受けられます。
しかもその誤解から、
政府が住民を帰還させようとしている「年20㍉シーベルト」以下の土地で生活しても健康被害のリスクはないという帰結になる。
などと誠に自分勝手な解釈をし、おまけに最後は、
多くの市民が「年100㍉シーベルト」と誤解していることは政府にとって好都合なのである。
と、まさに陰謀論丸出しの言説となり、読者を政府不信の方向へ導こうとしています。
この方は、敦賀大飯原発の再稼働禁止を求める福井原発訴訟弁護団団長をなさっています。
今回のこんな投稿先になぜ河北新報を選んだのかは定かではありませんが、わが宮城県でも今、女川原発の再稼動という問題がクローズアップしつつあります。
再稼動に反対する人へのアピールとして政府への不信感を植え付けたかったのかどうかは分かりませんが、いくら国が敵方だとしてもリーガル・ハイ」じゃあるまいし弁護士という立場を振りかざし、誤った情報で市民を誘導する様な行為は果たして許されるのでしょうか。
それに何よりもこの方は、福島の復興事業を勝手に歪曲し、自分の都合のいい様に利用するこの手法こそが大きな社会問題であるという事には、どうやらまるで気付いていない様です。
 長期低線量被ばくは福島だけではなく、日本列島に住む全ての人の問題である。正しい知識を前提に、この問題を考えていきたい。

本当に、まずは正しい知識を持つ所から始めてもらいたいと、切に願うものです。