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BS1は福島の甲状腺検査をどう報じたか ~前編~

2017年11月26日(日)、NHKBS1スペシャル「原発事故7年目 揺れる甲状腺検査」という、現在福島県で行われている甲状腺検査についてのドキュメンタリー番組を放送しました(再放送は12月9日)。

原発関連のドキュメンタリーは数多く作られていますが、甲状腺検査そのものに焦点を当てたものは少なく、ただ不安を煽るばかりのひどい特集が以前少しあったぐらいです。
この甲状腺検査については現在様々な問題が指摘されており、果たして今回、BS1はそれをどの様に伝えたのでしょうか。
スペースの都合上数ヶ所は省略しましたが、番組の中で誰が何を語ったのか、そのインタビューシーンを中心に番組内容をまとめてみました。

番組冒頭5分間はこれから始まる特集のダイジェスト版が紹介されます。
まず郡山市の病院の待合室の映像から始まり、これまでの検査で194人の子ども達に甲状腺がんが見つかった事、福島県の検討委員会では「これらのがんは放射線の影響とは考えにくい」という中間報告が出された事などが大まかに紹介されます。

   

この報告を受けて、がんと診断された保護者の間では戸惑いが広がり、「まったく影響がなかったという事はないんじゃないか」という保護者の疑念の声の後は紹介され、ナレーションはこう続けて本編が始まります(以下、ナレーションは紫色で示します)。

 いまだ結論に至らない甲状腺がんが多く見つかっている理由。放射線の影響はあるのか、科学的に判断しようとする研究が続いています。
 事故当時の被ばく量を正確に推定する研究や、がん細胞の遺伝子変異から放射線の影響を調べる研究など。
 原発事故7年目、福島で数多く見つかっている甲状腺がん放射線被ばくの関係はどこまで明らかになってきたのでしょうか。

が、そのバックには、暗く陰鬱なBGMが流れ続けるという、あいも変わらずの演出がなされています。

   

原発事故当時50km以上離れた所で普段通りに生活し、その後県の検査でがんが見つかり、甲状腺切除をした娘さんを持つ両親のインタビューから本編は始まります。

母親 「テレビで騒がれていたんですけれど、実際は目に見えないものだったので、そんなに不安というのは感じてなく、普通に暮らしていました。」
父親 「3月の春休み中ですか、結構頻繁に外に出なければいけないという用事があったので、バス停まで歩いていく時間とかですね、今思えばまあそういう事全部、被ばくにつながっていたのかなって思うんですけど。」


 その後事故当時中学生だった娘が、県の行う検査でがんの疑いと診断されました。自覚症状もなく、突然の事に激しく動揺したと言います。

父親 「何でうちの子に限ってなっちゃったのかなっていうのがね、まあ、やっぱりその、胸に引っかかるっていうかね。」

 診断の後、手術を受けた子どもは、成長に必要なホルモンを分泌する甲状腺を、すべて摘出されました。そのため甲状腺ホルモンを補充する薬を、毎日飲み続ける事になりました。
 放射能やがんの話題を意識して避けてきた両親。ところが、成人式を迎えた日、娘がずっとがんの不安を抱いていた事を知りました。


父親 「「生きて成人式を迎えられるとは思わなかった」って、ぽろっと一言言ったんですね。美容室へ行って着付けをして迎えに行って、家に帰ってきてからぽろっと言った一言なんですけど。
 後から分かった話なんですけど、病院の先生からだと思いますけど、『このまま放っておいたら5年で死ぬよ』みたいな言い方をされたみたいなので。」
母親 「普段は明るく振舞っているんですけど、やっぱり心のどこかでは自分はがんだから長生きできないとかそういうのを思ってるんだなっていうのが分かって、親としてはとてもつらいですね。」

番組では甲状腺がんと診断された子どもやその保護者を対象に行なったアンケート結果(67世帯中52世帯回答)が紹介され、半数近くの人が、がんの原発事故による影響は「ある」と答えた事が示されます。

   

 取材に応じてくれた両親も、娘の人生を変えてしまった甲状腺がんは、放射線の影響によるものなのか、真実が知りたいと願っています。

父親 「放射線の影響は考えにくいとか言われていますけども、この場所にいたという事なので、まったく影響はなかったという事はないんじゃないかなと思うんですけど。
 やっぱりはっきりと科学的な根拠に基づいて、私達にも分かる様にですね、説明をしていただきたいと思うんですけど。」

この後番組では、チェルノブイリ原発事故で子どもの甲状腺がんが増えた事と、事故で放出されたヨウ素131は甲状腺に蓄積されやすく、チェルノブイリ事故では結局、6000人ががんになったのは被ばくが原因と結論付けられた事などが紹介されます。

福島県では2011年10月~2014年3月に、事故当時福島県にいた18歳以下のすべての子、38万人を対象に甲状腺検査が行なわれましたが、1巡目で116人のがんが見つかり、県民の間に放射線の影響ではないかと不安の声が上がります。
しかし2016年3月に出された検討委員会の中間取りまとめでは、放射線の影響とは考えにくい】とされましたが、それはなぜなのか? その根拠は?

番組ではその根拠をまず、長崎大学高村 昇教授に求めます。
高村教授は、チェルノブイリと比較するとがんが見つかった年齢には顕著な違いがあると言います。

   

高村 「少なくとも事故当時の年齢と甲状腺がんの症例数の関係を見ると、チェルノブイリの場合とは明らかに異なりますから、現時点で放射線被ばくによる多発であるという風には考えにくいと思います。」

さらに番組では、チェルノブイリとの比較で以下の異なる点が紹介されます。
 ・チェルノブイリではがん多発まで4年ほどの期間、福島での検査は事故から3年目から。放射線影響によるがんが見つかるまでは時間が経っていない。
 ・事故の放射線量が小さい

   

ではなぜがんがこれほど多く見つかったのか、番組ではその参考となる事例として、香川県高松市 たけべ乳腺外科クリニックの武部晃司医師の話を紹介します。

 1990年代、県のがん検診センターに勤めていた武部さん、検診の拡充を図り、乳がん検診に併せて通常では行わない甲状腺がん検診を実施しました。のべ1万人以上の成人女子を検診したといいます。
すると、思わぬ事態が起きました。


武部 「見つかり過ぎるんですよ、見つけ過ぎるんですよ、僕が。本当にこんな事があっていいのだろうかと思いましたね。」

当時日本人女性で甲状腺がんと診断されるのはおよそ3万人に1人、ところが検診では、およそ30人に1人の割合で甲状腺がんが見つかったのです。
なぜこれほどの頻度で甲状腺がんが見つかるのか、検討の結果、たどり着いたのが“潜在がん”という考え方でした。


武部 「潜在がんというのは、一生そのまま潜伏して何も起こさない、死んだ後に解剖してみたらがんがあったと、そういうのを潜在がんという訳です。
 がんイコール生きる死ぬの問題と普通の方はすぐ連想されると思うんですけれども、置いておいてもいいがんとか、何もしないでも人体に害を与えない様な甲状腺がんがあるんではないか。」


武部さんは、甲状腺がんは特殊ながんだと考えています。
検査で明らかになったのは、成人女性の30人に1人が甲状腺がんを持っているという事、一方で自覚症状を訴えて病院で治療が必要なのは3万人にわずか1人です。



つまり、ほとんどはほっておいても一生自覚症状が現れず、死に結びつかない“潜在がん”。
検査をした事で、治療の必要のない、見つけなくてもよい潜在がんまで次々に見つけてしまったと言うのです。




高村 「意味のない事を見つけ、意味のない診断をし、意味のない手術をしている、意味のない告知をしている事に充分気付かされた訳ですね。」

中間取りまとめではその“潜在がん”を見つけている可能性を示唆する一方、番組では、すべてのがんが被ばくの影響とは考えにくいとするのはまだ早いとする意見も続けて紹介されます。
事故後独自に住民達の内部被ばく調査を行い、62人を調査後、住民の不安に繋がるとの理由で県から中止要請されたという経験を持つ、弘前大学床次眞司教授が登場します。

床次 「今ほど甲状腺に対する知識・認識がなかった訳ですよね。そこじゃないですかね。
 何が重要かという事がその当時はまったく理解されていなかった。」


ヨウ素131は半減期8日なので事故直後でないと測定できず、放射線の影響を明らかにするには、がんと診断された人達の内部被ばくの調査が必要と床次教授は訴えます。

床次 「線量が低いという事は言えるんですが、それはあくまで全体の傾向として低い訳で、線量の全体の分布というのは対数正規分布で、低い線量の数が圧倒的に多くて高い線量の人達は数は少ないんだけど存在している。



がんの患者さんの線量がそこにあるのかどうかが分からなければ、因果関係、放射線による被ばくの影響は少ないとは断言しない方がいいと私は思います。」

ここで番組は2016年12月の〔第25回検討委員会〕の場面となり、そこでは2014年から行なわれた二巡目の検査報告が行なわれます。

福島県立医科大学 大津留 晶
「68名が悪性ないし悪性疑い、前回59名だったので、9名増えて68名。」

27万人のうち新たに71人ががんやがんの疑いと診断されたのです。
その内65人は、一巡目の検査では問題が見つからなかった子ども達です。



チェルノブイリと同様に被ばくから4年ほどの期間を経ている事から、一巡目以上に放射線の影響が疑われるのです。

ここで、該当の子どもを持つ母親のインタビューとなります。
子どもは一巡目で「A1」(異常なし)、二巡目で「B」のがんと診断され、母親の記録からがんは1ヶ月で1ミリのペースで急速に大きくなり、半年後の手術時はリンパ節まで転移していた事が語られます。

母親 「今回の原発の事故のせいでなったものかどうか、はっきりさせてほしいというのは確かに事実です。」

再び検討委員会、一巡目から2年後にがんが見つかった子ども達についての議論の場面となります。

臨床心理士 成井秀苗
甲状腺がんの進行というのはゆっくりだと言われているので、平均が1.1ミリの腫瘍の大きさがあったという事ですが、そこまで行くんですかね。」
金地病院名誉院長 清水一雄
「見落としとか見逃しとかではなくて、エコーで確認できなかった様なものが、1年なり2年の間に大きくなって、精度の高いエコーで見つかる様になったという風に判断する以外ないと思うんですよ。」
福島県立医科大学 大津留 晶
問)「新しく生まれたのか?」
大津留 「生まれたかどうかは分からないです。」

ここで二巡目で発見されたがんに注目しているという、昭和大学横浜市北部病院の福成信博医師が登場します。

福成 「数ヶ月の間に5~6ミリ育つという事は一般的には普通はまずないですね。」

福成医師は、被ばく児童のがんは増殖が速くリンパ節転移の頻度が高いという、チェルノブイリ事故後の報告と似ていると感じています。

福成 「最初は日本で見つかった、特に一巡目で見つかった様なものに関しては、そういう兆候はあまりなかったんですね。ですから、あまりチェルノブイリとは一致しないねという感覚で皆いた訳です。
 ただ二巡目になってくると、だんだんそういうケースも増えてきてるのではないかと思ってます。
 今回の、特に一巡目で大丈夫でも二巡目に出てきたっていう事に関しては、多くの臨床・病理の先生達はやっぱり注視しているというか、そこに関していろんな考えを持ってると思います。」


 一方で、大人に比べ成長期にある子どもの甲状腺がんは急速に大きくなる事もあるとして、放射線の影響ではないと主張する専門医もいます。
二巡目の検査結果に対する議論はこれからです。

福島県立医科大学 甲状腺内分泌センター長 横谷 進さん、子どもの甲状腺がんには分からない事があまりにも多いと言います。


横谷 「小児の場合にどれ位の平均の大きさで大きくなっていくのか、まだ公表されたデータとしてはありません。本格一回目(二巡目)のデータを用いた解析・検討はまだ行われていません。
 医大としても検討を細かくしていく準備をしている段階ですので、まだそこの所には結果が出てないという事になると思います。」

場面は変わり、画面右上のサブタイトルは [原因の解明に向けて…新たに始まった研究] と変わり、がん細胞の遺伝子解析で放射線影響を調べようとしている、長崎大学准教授 光武範吏(のりよし)さんが紹介され、一巡目で見つかったがんの内68人分のDNA分析で、彼が変異したBRAF(ビーラフ)という遺伝子に注目している事が語られます。

   

そして調べたがん細胞の半数以上にBRAFの変異が見られ、チェルノブイリではRET/PTCという遺伝子の変異が多く見られ、両者の傾向の違いが放射線影響の有無を示しているとの見解が述べられます。

   

光武 「チェルノブイリと同じ様にRET/PTCの頻度が非常に高いという事であれば、やはり被ばくの影響がもしかしたらあるかもしれないとか、そういった事はもちろん考えなくてはいけないと思います。
 今回のがんは遺伝子変異のパターン的には、おそらく放射線誘発ではないのではないかと考えられます。」


 現在光武さんは、放射線との関わりが注視される、二巡目の検査で見つかったがんの解析に取り掛かっています。

光武 「チェルノブイリの後でも4~5年くらい経って甲状腺がんが増えてきたとも言われていますので、福島医大と共同研究をずっと継続していますので、少しづつではありますけど検体をいただいて解析をしています。」

さらに番組では、内部被ばく線量を精密に推定する研究の紹介が始まります。
登場するのは国際医療福祉大学クリニック院長 鈴木 元放射線疫学専門)氏、事故当時避難所などで行われた住民7000人分の体表面汚染検査データを入手し、ヨウ素131以外にも甲状腺がんに影響するヨウ素132、ヨウ素133、テルル132などが、呼吸によってどれ位取り込まれたかシミュレーションしています。
また飲み水の水源や系統、利用状況などの調査データを事故当時の行動調査と組み合わせ、内部被ばく線量を高い精度で推定しようとしているとします。

鈴木 「行動調査とかの組み合わせで。場合によっては地域によっては高めに変わっていいく所も出てくるのかと思っています。
 より現実的な避難パターンを明確にして、避難ルートに応じて飲み水・呼吸の被ばく線量をより精緻化していきたいと思ってます。」

前編ではこの様に、住民が抱く不安と疑問の答えを求め、日本各地にカメラが向かい、研究者に直接話を聞くというスタイルで番組が進行していきます。
そして委員会が「放射線の影響とは考えにくい」とした根拠については、かなり分かりやすく説明が出来ていると感じます。
しかしながら、肝心な二巡目の検討結果はまだ出ておらず、未だがんの原因についてはっきりした結論が出ていない事には消化不良感が募り、陰鬱なBGMの効果もあって、ただ不安感ばかりが印象に残るというものでした。
そして後編のダイジェスト映像と共に、ナレーションが始まります。

 子ども達の健康を見守り、放射線の影響を評価するための甲状腺検査。原発事故7年目の今もまだ、結論を見出すには至っていません。
 事故の教訓を未来に繋げるためにも、乗り越えなければならない課題です。

 ところが今、甲状腺検査そのものを見直すべきだ、縮小すべきだという声が医師や研究者から上がっています。
 放射線による影響の有無についてまだ議論が続いている中で、検査そのものの意義が問われているのです。
 後編は現状維持と縮小の狭間で揺れる福島県甲状腺検査、その混迷の根源に迫ります。

2時間枠のBS1スペシャルでは、番組前編と後編の間に10分間の「BSニュース」が流れるのですが、そこで私は、まさかこんなニュースを見る事になるとは夢にも思わなかったのです。

続く