杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

「処理水は無害」と言おう

7月10日、IAEAのグロッシ事務局長がニュージーランドを訪れ、ニュージーランドではIAEAの報告書を全面的に信頼していると表明したとのニュースを見ました。

このニュースで目を引いたのは、次に訪れた「太平洋諸島フォーラムPIF)」議長国のクック諸島でも、処理水の事は「Treated Water(処理水)」と、報告書の表記そのまま「処理水」として使用されている点です。

 

処理水関連では韓国のニュースも日々追っていますが、言葉の力というものは恐ろしいもので、処理水を「汚染水」と呼ぶ事により、安全上何も問題がないものに「汚染されたもの」という負のイメージを与え、それが国民に不安感を植え付け、やがて「風評」を生み出していくという過程が韓国の情勢を見ているとよく分かります。

そして一度植え付けられてしまったイメージは中々消す事が出来ず、いくら国際機関が「安全」だとか「影響は無視できる」と言っても、安全と思うか無視するかしないかは結局個人個人の「価値基準」による判断となる訳ですから、科学的説明だけですべての人が安心感を得るのは容易な事ではない事も分かります。

 

処理水の公聴会などで一般の人に科学的な説明を行う際、担当者は果たしてその言葉の持つイメージまでも考慮して伝えるという事が出来ているのでしょうか。
科学ではその立場上、「絶対」という言葉はおいそれと使う事は出来ません。
それ故科学的な解説はどうしても回りくどくなってしまい、それがまた誤解や揚げ足取りに使われてしまったりする訳です。
「影響はごくわずか」とか「無視できるレベル」などと言っても、不安を煽る側は「影響はゼロではない」などと言って脅すのがその典型例です。

 

消費者の目線からこの問題を見ていた時、興味深いアンケート報告を見かけました。

7月17日付朝日新聞デジタルの記事(→こちら)によりますと、朝日新聞が7月15、16日に実施した世論調査では、海洋放出については「賛成」51%「反対」40%との結果でしたが、男女比で見てみると男性は賛成65%、反対29%に対し、女性は37%対49%と逆転し、女性に限ると、今年3月の42%対48%より否定的な傾向がさらに強まっているとの事です。

 

よく「安全」と「安心」は別であると言われます。
いくら科学的説明を受けて「安全」だと納得しても、それがすぐに「安心」に繋がるとは限りません。
それは「安全」は理性が判断するものであり、「安心」は本能が判断するものだからです。
そして本能が「安心」を得るために求めている答えは、「安全か危険か」ではなく「有害か無害か」なのです。

 

身近な例を挙げると、スーパーなどで食材を選ぶ時この野菜は農薬使用か無農薬か、加工食品には発がん性物質は含まれているかいないか、これは子供に与えても大丈夫か等々、食材を選ぶ際には、生存本能に起因するこの「有害か無害か」という判断が無意識になされてはいないでしょうか。

それ故に、不安感が生み出す風評に関わる事案は、「無視できるレベル」という科学的な表現をそのまま伝えるのではなく、それが「無害」なものであると本能に訴える言葉で語る事が重要となる訳です。


今回の処理水放出に関わるニュースの中で、参考になる例が韓国のニュース記事の中にありました。

6月8日付の朝鮮日報記事(→こちら)で「処理済みの汚染水を持ってきたら薄めて飲む」と主張して注目を浴びた韓国忠北大薬学部のパク・イルヨン教授は、下記のメディアインタビューの中で、放射線リスクを理解させるのにバナナの例えを用いている事を語っています。

(以下引用、改行・強調は引用者によります)

――よりによってなぜバナナに例えたのですか

 

シーベルト、ベクレルのような単位の代わりに直観的なコミュニケーションのために『バナナ等価線量(BED)』をよく使います。
バナナ1個は150gくらいになりますが、カリウム40(放射性物質)がたくさん入っているんです。放射性物質の露出量をバナナ数個程度に換算して提示したりします。
福島汚染水を放流濃度で希釈した水1リットルの実効線量はバナナ4分の1個に当たるほど安全だという意味です(笑)。」

 

――それでは一生飲んでも大丈夫ですか?

 

「福島汚染水全体に含まれる三重水素は780テラベクレルです。重さに換算すると、地球全体の三重水素総量が7キロほどになりますが、福島の汚染水は2.2グラムに相当します。
事実上意味のない量ですが、それをさらに約30年かけて徐々に放出するんです。
韓国近海に入ってくると予想される4~5年後の濃度の水なら一生飲んでも大丈夫です。人はすでにそれより高い放射線量の入った食べ物、例えばほうれん草、ナッツ、ニンジンなどを毎日食べていますよ」

 

また同じく朝鮮日報6月22日付の記事の中でも、韓国原子力学会チョン・ボムジン教授は以下の様に述べています。

セシウムのような放射性同位元素は多核種除去設備(ALPS)で基準値未満にまで取り除かれる。
トリチウムだけは除去されないが、日本の排出基準は1リットル当たり6万ベクレルだ。日本はこれを海水で希釈し1500ベクレルに下げると説明している。
放流口から3キロ沖合に行けば100ベクレルにまで下がる。これは漢江と同じレベルだ。
世界保健機関(WHO)が定める飲用水の基準は1万ベクレルだ。」

別に彼らは日本を擁護したり応援している訳でもなく、韓国国内で反日野党が行っている行き過ぎた不安煽りにより、放出前にも関わらずすでに漁業者達に被害が出ているという危機感から、ただ純然たる科学的事実を述べているに過ぎません。

(もっとも、韓国政府と保守系与党はIEAEの報告に理解を示す一方、やはり処理水を「汚染水」と呼ぶのは妥当としていますから、たとえどんなに教授の発言を聞いても韓国国民の不安が解消される事はないでしょう。)

 

懸念される人体へのトリチウム濃縮の不安についても、ALPS施設内では放出する処理水でヒラメやカキ・ワカメなどを飼育して追跡調査し、その様子は「目に見える形」で公開されていますが、そのデータからは生物濃縮など起きていない事が証明されています。↓

そもそもトリチウム半減期は12.3年ですから、震災直後に汲み上げられたタンクの中のトリチウム量は現在はかなり減っているのではないでしょうか。

 

これらの事を考え合わせると、規定通りに処理水が放出されるならばそれは健康に影響を及ぼす事もないし、放出による環境汚染が起こる事もあり得ません。

つまり、

「環境にとっても人体にとっても、放出する処理水は無害である。」

とはっきり言えるものと僕は確信しています。


でも不思議な事に、ポータルサイトのQ&Aや公聴会での様子を見てみても、この「有害か無害か」という質問がなされた様子は確認できません。
参加者の誰もが処理水は有害であるのが当然の事として認識されているため、こんな根本的な質問など思いつかなかったのでしょうか。

 

しかしこれからは処理水放出に向け、政府・東電はより多くの一般市民に語りかける事になる訳です。

その時誰からか


「そもそも処理水は無害なのか?」


との質問を受けるかもしれません。
有害か無害か、0か100か、〇か×かの二者択一、科学が最も不得意とするこの究極の質問に、政府・東電は果たしてどう答えるのでしょうか。


「処理水は無害です。」


と堂々と胸を張って言い切る事が出来るのか、その時こそ処理水放出にかける国と東電の覚悟と本気度が試される事になるのです。

 

 

(参考資料)

経産省:〔資源エネルギー庁スペシャルコンテンツ〕より

 『「復興と廃炉」に向けて進む、処理水の安全・安心な処分②~「二次処理」と処理水が含む「そのほかの核種」とは?』

東京電力処理水ポータルサイトより

 『海洋生物の飼育試験』

・EMIRA特集:〔いま知りたいALPS処理水の話〕より

 『福島第一原子力発電所のALPS処理水に含まれるトリチウムとは』

・在香港日本国総領事館:〔東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水に関する情報〕より

 『「ALPS(アルプス)処理水の海洋放出」に関する概要説明(PDF)』

経産省:〔多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会〕より

 2020年2月10日報告『多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会 報告書(PDF)』

経産省:〔トリチウム水タスクフォース(第7回)〕より

 『平成26年4月9日 第7回議事録(PDF)』