杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

Nスペ「被曝の森」はもうちょっと何とかならなかったのか(追記あり)

3月6日の日曜日夜9時、NHKの震災特番「被曝の森」を視聴しましたが、正直、もう少し何とかならなかったものかと思う残念な出来でした。
元々の番組内容は、放射線環境下での動植物への影響を調査する科学者達の紹介と、その研究報告というのが本来の姿であり、つまりこれは、本来ならば「科学ドキュメント」として作られるべき内容の番組でした。
しかし実際の番組は、暗く重々しい音楽と深刻な口調による「語り」によって、見る者をどんどん不安に引きずり込む様な演出がなされ、そのわざとらしさが邪魔でしかありませんでした。
そんな演出は、番組開始早々俳優の伊勢谷友介の「語り」から始まります(以下すべて、強調は引用者によります)。

福島第一原子力発電所の事故によって住民の姿が消えた町。
ここで今異常な事が起きている。

「異常な事」? 何?
と思ったら映像は街中を闊歩するイノシシの姿となり、「語り」はこう続きます。

無人の町は多様な野生動物が繁栄する場と化しているのだ。

「いやこれ異常? 里山なら5年も人がいなきゃ当然そうなるでしょ!」
と思わずツッコんでしまう訳ですが、この後番組ではこんなシーンが随所に登場してきます。
そして映像は森の中でのホットスポットの存在と、放射性物質を取り込んだマツ・ヘビ・ツバメの放射線像となり、現れた防護服を着た外国人研究者の

「(字幕)福島ではチェルノブイリと同じ現象が見られる
 福島での調査は始まったばかり

というコメントが立て続けに流れ、この先何が起こるか分からないと不安になる様な、まさに不安煽りの典型とも言える演出で本編が始まります(映像はこちら(但しいずれ消されます))。

原発事故によって生まれた東京23区の1.5倍に及ぶ広大な無人地帯。
住民7万人が今も避難を強いられている。
あの日以来、突然人がいなくなった町。
そして、放射性物質で汚染された森で、今何が起きているのか。
原発事故から5年目の記録だ。


そして画面は、震災後5年でこの森の放射線量が65%下がっている現在の状況を紹介し、「語り」はこう続きます。



オレンジで示された線量の高いエリアが残る山間部は、今どうなっているのか。
眼下に広がる被曝の森。
放射線量は毎時10マイクロシーベルト前後。
東京などで観測される自然放射線の250倍だ。
この森で5年前から調査を続ける研究者がいる。


この後番組では、東京大学名誉教授の森敏氏の放射線像の紹介、そしてアカネズミの染色体の異常を調査している弘前大学三浦富智准教授の研究報告が続きます。
しかしこれらの報告では、自分が一番知りたかった情報は見事に欠落していました。
それは検体の「被曝量」の数値です。
原発事故から5年経って、放射線の人体への健康影響については数々の知見が得られる様になりました。
そしてそこでの一番のポイントは、被曝のあるなしではなく、「量」である事も分かってきました。
しかし番組では、例えば放射線像の部分ではただ

(9:30)
虫や動物も調べた。
体の中に放射性物質が取り込まれていた。
これはイノシシのフン。
放射性物質大量に含んでいる。
森の中にあった、あのスーパーホットスポット
そこに監視カメラを仕掛けると、イノシシが映っていた。草の根などを食べている。
こうして生き物たちは汚染され続けている

と、被曝量についてはただ「大量」とだけ、そして汚染されてるか否か、つまり「ある」「なし」の2極の論点でしか語られません。
そして同じくアカネズミの研究箇所でも、

(14:44)
三浦さんはこれまで採取された浪江町のネズミからおよそ3400個の細胞を取り出し染色体を観察。
汚染されていない青森県弘前市のネズミと比較した。
異常の発生率は浪江町のネズミで0.1%。
弘前市は0.2%で統計上差がない。



つまりネズミは被曝量が多いにもかかわらず現在のところ染色体への影響は見られない。

と、検体の被曝量についてはただ「多い」としか語られず、具体的に何ミリシーベルト被曝しているのか、まるで分からない報告となっています。

この後(16:15~)「語り」は伊勢谷友介から柴田祐規子アナにチェンジし、浪江町無人の家に侵入するアライグマの調査を行う福島大学の奥田圭特任助教と、富岡町で発信機を取り付けたイノシシの行動範囲を調査する、溝口俊夫獣医師の姿が紹介され、人里を侵略する獣達の問題が描かれます。

     

(32:00)から、富岡町名物夜ノ森桜の懐かしい映像と、バスに乗ったままそれを眺めるしかない住民達の姿が挿入されますが、望郷の念を思い起こさせる映像の後、今度は場面は一気にチェルノブイリに飛びます。
原発から3km、地球上で最も放射線量が高いと言われる「赤い森」が姿を現し、そこで見つかる放射能影響によって横に伸びたヨーロッパアカマツの映像が流れます。
そして放射線の影響による尻尾の長さが違うツバメと、その不活発になった異常な精子(異常な精子の割合は平均で21.7%、汚染されていない地域の8倍に上るとの語り)を研究する、チェルノブイリの生物研究家ティモシー・ムソー氏が紹介され、彼が日本で調査する姿が描かれます。
しかしここの「語り」でもまた、

ムソーさんは原発事故のあと毎年避難区域を訪れ日本野鳥の会と共にツバメの調査を行っています。
チェルノブイリで見られた異常と比較しようというのです。
尾羽の長さが左右で違うものが既に見つかっています
このツバメも左右で長さが違います。

と、さもチェルノブイリと同様の異変が起きているかの様な後に、

しかし日本では研究者が少なくツバメを捕獲して行う調査が進んでいません。
そのため異常の有無を判断するほどのデータが集められていないのが現状です。

というヲチ。結局、
「ではあの映像は?」
と視聴者にわざと不安を抱かせる様な構成となっている訳です。
正直、「異常の有無を判断するほどのデータが集められていない」と言うのなら、初めからあんな映像を使う事はなかったのです。

(41:22)から、チェルノブイリで植物研究をしてきたヴァシル・ヨシェンコ特任教授による、アカマツ調査の模様が紹介されますが、ここでもまた恣意的な編集が目立ちます。
番組では放射線量の比較的高い地域での調査状況が紹介され、

毎時7マイクロシーベルト前後のこの場所ではおよそ40%のマツに異常が見つかりました。

として、チェルノブイリで観察された「ヨーロッパアカマツ」の異常発生率グラフと重ね合わせるという無茶ぶりを行います。

チェルノブイリで明らかになった異常発生率を示すグラフに福島県の7か所で調査した結果を載せます。
チェルノブイリと同様に放射線量が高い地域で異常発生率が高くなっていました。


ヨーロッパアカマツは汚染ゼロの部分(原点)での異常発生率は6%ですが、こちらのアカマツはゼロの時点ですでに10~15%の異常発生率となっています。
しかもサンプル数はたった7箇所。
そしてグラフでは明らかにチェルノブイリを上回るほどの高発生率となっている様にも見えますが、そもそもチェルノブイリアカマツとこちらのアカマツは果たして同じ挙動を示すものなのでしょうか。
これこそまさに印象操作そのものではないかと感じてしまいます。
そしてとどめの「語り」がこう続きます。

(43:50~)
福島第一原発の事故による住民への影響については「これまでの被曝線量では明らかな健康影響が出るとは考えにくい」と国連の科学委員会はしています。
一方被曝の森で生き続ける動植物。20を超える研究チームが調査を行っており異常が報告されたケースもあります。

これ、前半部と後半部はまるで関係ありません。
前半部は人体への放射線影響でこれまでの被ばく線量は皆年間1ミリシーベルト以下、後半部の被曝の森は年間100ミリシーベルト近い場所で対象は動植物。
こうしてわざわざ同列に並べて、さも何かあるかの如く脅しておいてこう続ける訳です。

ただし今のところ放射線の影響かどうかは分かっていません。
チェルノブイリとの比較の中で生き物たちを分析する研究が続いています。

(44:40~)
そしてここにしかいない、被曝したニホンザルを研究している東北大学の福本学教授(日本放射線影響学会理事長)が紹介されます。

被曝の影響を調べるため有害駆除されたサルの太ももの筋肉を測定している。
筋肉には放射性物質セシウムが蓄積されやすいからだ。
1kg当たり13000ベクレル。基準値の130倍だ。

ここに来てようやく具体的な被曝量が示されました。福本教授はこう語ります。

「もちろん人ではこんな被曝量はありえませんけども、霊長類のサルでこれだけの被曝をした時に、何か変化があるかっていうのが一番我々が知りたい事ですね。」

そして甲状腺を含めた様々な臓器を調べている様が紹介されますが、番組ではその中で教授が注目している、骨髄中の血球細胞数の少なさがクローズアップされます。
そしてこの様な「語り」が行われ、ここで問題のグラフが表示されます。

9匹の骨髄を精密に解析した結果だ。
横軸は筋肉中のセシウム濃度。縦軸は白血球をつくる細胞の数を示している。
セシウム濃度が高いほど白血球をつくる細胞の数が少ない傾向が見られた。


(実はこのグラフは、教授が正式に作成したものでなかった事が、後にここで明らかにされました。
正直その前のアカマツのグラフも、果たして研究者のヴァシルさんが作成したものなのか、はなはだ疑問を感じます。)
そしてここでも、こんな「語り」が行われます。

まだサンプル数が少なく被曝の影響かどうかは分かっていない。
今のところ白血病など血液自体の異常は見つかっていないという。

将来何かありそうだといういやな予感を起こさせ、そして「今は何も分かっていない」という「ヲチ語り」。
初めから最後までこの調子で、見終わった後はただただ不信感と、不安煽りにたいする嫌悪感しか残りません。
ドキュメンタリーというのは、編集次第で何とでもなると前回述べましたが、これはまさにそれを地で行くものとなっていました。

最初に述べた様に、今回の内容ならばこれは純粋な「科学ドキュメント」として作られるべきであり、山中での被曝影響の調査部分については、本人をゲストに招いて「サイエンスZERO」で、そして途中の里中に降りてきた獣達の害については、これは「科学」のジャンルよりも、避難住民の帰還を阻む「社会的問題」として、「クローズアップ現代」で取り上げるべき類のものであると言えます。
今回の番組は、ただ「エリアが同じ」という事だけで同時に取り扱ってしまったため、かえって番組の主旨が散漫となり、結果絶望的な「被曝の森」というイメージばかりが強調されたものとなってしまいました。

登場した科学者達は皆、これから長いスパンでの調査観察を唱えているのですが、どうも番組では結論を急いでいる様に見えます。
そして全編に漂う不安感。
現状を報告するだけならばこんな演出は不要なはずですし、正確さを求めるならば「数量」の取り扱いにはもっと神経を配るものです。
正直言ってこの番組からは、「科学の素養」がまるで感じ取れません。

広大な地が放射能に汚染されてしまい、人が立ち入る事が出来なくなった「被爆の森」は、確かにそこだけ見れば悲劇的な存在です。
でもだからと言って、いつまでも「負の側面」ばかりに目を向けてても良いのでしょうか。
番組に登場した森敏さんは中でこう仰っています。

「植物、動物、微生物、全部含めて(調査記録を)残していく事が非常に重要だと思うんですよ。
 そういうものが集積した段階で、いろんな解析をすれば(影響が)分かってくる。
 こういう言い方すると悪いけれども、放射能汚染の壮大な実験ほ場になっているんですね。」

これまで生物に対する放射能影響の研究は、多くは実験室内で行われ、その対象の種類も限られたものでした。
でもこの、チェルノブイリよりケタ違いに低いという放射線量の環境下で、長期的に実際の生物達に及ぼす影響を調べていく事により、その集積した知識はやがて人類に新たな知見を与える事になるかもしれません。
それが将来どの分野に応用されるかは今は知る術もありませんが、多くの科学者達は皆そう信じて、今も「被曝の森」に分け入っているのではないでしょうか。
そういう視点で今回取材してきたソースを見直していたならば、番組の内容はもうちょっとマシなものになっていたかもしれません。

また、せめて「語り」の口調(文体)をすべて「ですます調」に統一し、ナレーションを伊勢谷友介ではなく三宅民夫アナが行っただけでも、かなり雰囲気が違うものとなったのではとも感じます。
音楽は頭とエンディングだけ必要最小限に、暗く重々しいよりも美しく流れる様な旋律で。
そして途中の「夜ノ森桜」のシーンはまた別の番組で。

NHKには数多くの優れた映像コンテンツが存在しているはずですが、それを生かすも殺すのもすべて編集者の腕次第です。
取材先の名誉を傷つけたり、現場の苦労を無にする事のない様、ドキュメンタリー作りにはより一層の考察と配慮を望むものです。

(参考)
「テレビのまとめ」より、「被曝の森」(文章だけの方が一層すっきりしています)


(追記)
アカマツの形態異常については、新たなtogetterがまとめられていました(→こちら)。

(さらに追記)
この番組はその後再編集され、5月1日に「BS1スペシャル『原発事故5年目の記録 前編・後編』」として放映されました。
内容についてはこちらを参照下さい。