杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

EMへの疑問(6) ~それはいつから始まった?~

現在各地でよく見られるEMを使用した河川浄化活動というものの多くは、EM活性液やEMだんごの河川への直接投入というものです。
ではそれはいつ頃から始まったのでしょうか。今回はちょっとそのルーツを辿ってみようと思います。

現在EM関連サイトでは河川浄化でのEM投入例を盛んに宣伝していますが、しかし実は意外な事に、初め比嘉さんはEMを河川に直接投入するという事を薦めていたりはしていなかったのです。
実際、「地球を救う大変革」ではEM浄化法というのが紹介されていますが、それは、
(p.104)
汚水の処理方式は、特別なものではなく、通常の合併浄化槽で十分。EMは一〇〇~二〇〇倍に希釈した水溶液として、原水の一〇〇〇分の一になる量を各階のトイレから年に3~4回注入するだけです。
(p.106)
EM浄化法は、市民会館や図書館のような大きな施設ばかりでなく、家庭用の雑排水処理にも応用できます。EMを使うこと以外に特別な装置を必要としないので、いまある家庭用の施設のほかに貯水用のタンクを設置すれば、普通の家庭でも水の循環的利用が可能になります。

と、あくまで施設や家庭の〔浄化槽〕を念頭においていたものでした。他に紹介される実例もゴルフ場の池とかプールなど、小規模の「閉鎖系」環境ばかりです。
そしてこの程度の規模であるならば、確かに微生物資材としての効果は有効であるかもしれず、ここまでに留めておけばこれほどEMが問題視される事はなかっただろうと思われます。

では、なぜEMを直接河川に投入するという行動が増えてしまったのでしょうか?

さきほどの続きにこういう記述があります。
(p.108)
いまわが国の汚泥処理費は年間およそ一兆円といわれていますが、EM浄化法を採用すればほとんどゼロという事になります。しかもあまった水を河川に流してやれば河川も浄化され、魚はもとより水系の生態系も大変豊かになる。

この部分だけを読めば、
「じゃあ、川にEMを直接流しても効果があるのでは?」
と思ってしまう事は容易に想像できます。
しかし実は比嘉さんは、前の部分ではこうも言っているのです。
(p.91)
そのうえ家庭排水として下水道に入った汚水にはEMが含まれていますので、結果的には下水道もきれいになり、河川の汚れを浄化するのにも役立ちます。

つまりここでの論旨は、河川に流れ込む前に排水を綺麗にすれば、【結果的には】やがては河川も綺麗になるという事を述べているのです。そして実は、これは正論でもあるのです。
しかしこの本では、一番重要な「食物連鎖」という事については何の記述もありません。ただEMを流したら綺麗になったという事例を紹介しているだけです。
おまけにこの環境浄化の項目では、先程の文章の後に突如次のような文言が続くのです。
(p.109)
 雨水は落下浸透する過程で最初に触れた活性物質の性質を転写し、それを他に伝える機能があると述べましたが~(中略)~
 その原因は、わるい情報を転写した水がわるい元素の性質を電磁気的にメモリーしているからです。
(p.110)
 EMにはその生成する酵素や自らがもつ振動によって、水が転写したわるい情報を消す力があります。

勿論これは科学的に証明されたものでも何でもなく、単なる比嘉さんの「思い込み理論」にすぎないのですが、すぐ前に紹介された実例がこの理論を裏付けているような錯覚を読者は覚え、EMの凄さというものを納得させられてしまう訳です。
そしてこの本に影響された人達が各地で「EM普及協会」と名乗るNPOを立ち上げ、家庭での生ごみ処理から始まり、やがては河川浄化活動へと規模を拡大していく事になります。
ただし、ここで注意しておくべき事は、直接投入という行動は、実はEM側から提案されたものではなく、EMの効果を過大に信じてしまった人達の間から、自然発生的に始まったという事です。
今でこそ比嘉さんは、河川浄化にはEMをどんどん投入すれば良いと言っていますが、実はこの直接投入というのは比嘉さんにとっても想定外の事で、EMフェスタやらNPOからの報告によって後付けで加えられたものだと考えられるのです。
事実、昔のEM関連のサイトを見てみると、それまでのEM活動は主にゴミの堆肥化とか、浄化槽の排水施設などに限られており、河川への投入と言っても現在のようにただ発酵液をジャブジャブ流すのではなく、それなりに考えられた方法で試していたようです。

具体例を紹介しますと、平成8年(1996年)頃、こちらでは川の中にプール状の微生物滞留設備を作ってそこに投入しています。
また、そのサイト中で紹介されている「相野谷川の水源浄化作業」というものも、上流側で水に酸素を含ませ、下流の土着微生物を活性化して浄化作用を高めるという、一応自然の浄化原理に準じたものであったようでした(こちらの「水質浄化システムの構成」の項目を参照)。
この頃は、EMの有効性を見るためのあくまで実験という意味合いが強かったようですが、その後各地でEM関連のNPOが増えるにつれ、平成10年(1998年)頃からは徐々に河川への直接投入が行われ始めていたようです(→参考)。
またそれと同時に、この頃TOSSという教育サークルで「地球環境教育シリーズ」(TOSS出版)という本を用いたEMの授業も行われるようになり、学校教育の現場にEMが入り込んだ影響というものも無視出来ません。
TOSSについては後ほど取り上げる予定でいますが、この頃は親達よりもまず教師の方がEMというものを知り、それを生徒達に教え、今度は生徒達がそれを親やPTAなどの周辺の大人達に伝授するという具合に、こうして徐々にEMの名が広まっていく事になっていきます。
学校におけるEM活用は、当初はトイレ掃除、花壇の世話、生ごみ減量などが主でしたが、やがてプールに投入という事が徐々に行われ、その模様などが「EMフェスタ」などで報告されるようになります。
そして、このプールへの投入例から、今度は付近の川へ投入という具合に始まった事例も見受けられます。

このように、EMの河川への直接投入という行動は、地域のボランティアグループによるものと、学校での環境教育の延長から始まったものとの2種類があるようで、いずれにせよ、この平成10年(1998年)というのが直接投入の活動が始まった年と言ってよいかと思われます。

しかしこの頃はまだ、EMを活用しているのはあくまで一部の地域や特定の学校に限られており、その活動が広く知られる事はありませんでしたが、ちょうどこの年(1998年)、このEMの効果を広く知らしめるのに誕生したのが、NPO地球環境・共生ネットワーク(U-net)」でした。
これはEM普及のために比嘉さんを会長に置き、ここの主催による講演活動が各地で行われるようになります。
そして、EMの直接投入という行動の背景には、比嘉さんが行ったこの講演活動の影響もあった事は決して否定できません。

初めの頃の講演はどちらかというと農業・畜産分野の事例を元にEMの優秀さをただ宣伝するだけのものでしたが、やがてそれが「地球を救う大変革」でも述べられていたおかしな部分についての発言が多くなり、その講演によりEMの神秘性というものがどんどん強調されるようになっていきます。
その中で述べられたキーワードが、「シントロピー」、「蘇生」、そして「波動」でした。
素人にはよく分からないようなこれらの【学術用語と思しき】単語を並べ立てて【理論的】に解説し、そこでEMの【絶対性】を強調し、その講演によって影響を受けた人達が環境浄化活動に目覚めるという事が各地で起こります。
当時の講演でその最たるものがEMフェスタのサイトに残っています。環境浄化については後半で述べられてますが、そこではただ成功事例を並べるだけで、このような講演を聴けば誰もが
「じゃあうちでも」
と思ってしまう事でしょう。↓

EMフェスタ1999 特別講演」 (タイトルを見るだけでも充分ですが、中ほどの波動実験は見ものです。)

特に早い時期からEMに関わったNPOでは、主に主催者側にその影響が色濃く見られ、EMの絶対性というものを「波動」と共に信じ込んでしまった姿があちこちで垣間見られる事となります。

そしてまた、この頃の見逃せないもう一つの要因が「ゆとり教育」というものです。
この学習指導要領の改正によって新たに加えられた「総合学習」の中で、学校での環境教育への取り組みが積極的に始まり、インターネットの普及と共にEMの名が徐々に教育現場で広まり、比嘉さんの講演には必ずと言ってよいほど、各地の教育委員会の後援が付くという事になっていきます。
平成12年(2000年)のEMフェスタの発表を見ますと、中で紹介されている緑丘小学校(松井幸彦校長)の事例などは文部科学大臣賞を受賞しており、その詳細はこちらでも詳しく取り上げられる程となっています。
また、同席のパネリストである冨田元久氏はTOSSこのようなサイトを展開し、盛んにEMの普及に努めています(ちなみにもう一人のパネリストである嘉納英明さんは、現在は名桜大学教授となっております)。
このときの発表でも紹介がありましたが、この年(2000年)、環境学習に特化したEMサイト「環境学習ネットワーク(EL-net)」も誕生しました。
この「EL-net」の代表は比嘉照夫夫人の比嘉節子さんで、彼女は学校と地域との連携という点を強く提唱しており、学校関連の事例ではよく彼女の姿が見られます(→参照)。

これはあくまで私自身の想像なのですが、もしかしたら比嘉さんの河川へのEM投入発言には、主に夫人の節子さんからの情報によるものが多かったのではないでしょうか。
私は、EM使用者のバイアスにかかった発言(「EMのおかげで綺麗になった」)を、そのまままたバイアスがかかった人物から人物へ伝える内に、比嘉さんはその言葉を鵜呑みにし、「河川浄化にはEM投入」という後付け発言に変っていったのではないか、と思えてならないのです。


そしてこのような、生徒達からPTA、そして地域活動への広がりがやがてマスコミの目に止まる事となり、【何の検証もされることなく】ただその活動ばかりが紹介され、徐々にその名が知れ渡り、そしてEM側の積極的な宣伝活動も功を奏し、気がつけばEMは、いつの間にか全国に広がっていたのです(→参照:2008年2009年)。