杜の里から

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とある市民のリスク考(4) ~マスコミを考える~

福島の原発事故以来、政府発表の不手際による信用失墜とか、「安全」「危険」入り乱れた情報の氾濫による国民の混乱などにより、リスクコミュニケーションのあり方というものがあちこちで話題になる事が増えました。
しかし前回述べた様に、それを行うべき専門家というのは元々は普通の人なのですから、決して彼らすべてが広報を得意としている訳ではありません。実際リスクコミュニケーションが最も効果的に発揮されるのは、「広報」よりも「対話」だとも言われています。
でも対話ばかりでは、その中身を広く世間に知らせるには自ずと限界が生じてしまいます。
そこで彼らに代わり、その要点をまとめて一般の人達に分かりやすい形で報告するというのが本来マスコミが担うべき役目なのですが、今のマスコミに果たしてそれが出来ているかと言えば、はなはだ疑問に思う事ばかりなのですね。

一口にマスコミと言っても、その中身は新聞・雑誌等の紙媒体とテレビなどの映像媒体とがある訳ですが、どちらにも共通する事として、その記事が世間に発表される前には、それは必ず編集デスクとかディレクターと呼ばれる、いわゆる「上司」のチェックを受ける事になります。
つまり、その社の見解として発表される記事というのは、結局常に上司という「個人」の判断に左右されている訳です。
こう考えた時、私は時々こんな事を思ってしまうのですね。

もしその上司が偏った考えを持っていたとしたら?

マスコミというのは社会に対して非常に大きな影響力を持ちます。今はネットというものが普及して個人個人が堂々と意見を言う状況になりましたが、それでも世間一般から見れば、やはり新聞・テレビ・雑誌といった既存のマスコミからの情報が最も大きな影響力を持っています。
しかしそのマスコミが発する情報が、実はほんの一握りの人間に左右されていると考えた時、私はちょっと空恐ろしくもなってくるのですね。

つい最近こんなニュースがありましたので、これを例にとって考えてみたいと思います。
12月13日、原発事故による福島県民の外部被曝量が発表されましたが、その記事を各紙がどう報じたのか見比べてみましょう(いずれもウェブ版から引用、強調は引用者による)。
まずは朝日新聞
外部被曝 住民最高14.5ミリ 福島県が推計値
 東京電力福島第一原発の事故による福島県民の外部被曝(ひばく)線量について、県は13日、1727人のうち、原発作業員ら放射線業務に従事していない 一般住民で、最高の被曝線量は14.5ミリシーベルトと発表した。全体で最高の37ミリシーベルトは、行動パターンから原発作業員とみられる。また、18 の避難行動別の被曝線量の試算結果も公表した。
 外部被曝線量の推計は、全県民約200万人を対象に今後30年以上、健康への影響を見守る際の基礎データとなる。事故後4カ月間の合計で、自然放射線量 を引いた。対象は、比較的、空間線量が高く、健康調査で「先行実施地域」の飯舘村浪江町、川俣町(山木屋地区)の1727人。 このうち138人が、原発作業員や放射線技師といった「放射線業務」に従事経験があると回答した。
 これらの138人を除いた1589人の外部被曝線量は、1ミリシーベルト未満が一番多く63%、1ミリシーベルトが23%、2ミリシーベルトが8%など 5ミリシーベルト未満が97%を占めた。5~10ミリシーベルトは38人、10ミリシーベルト以上は4人だった。年齢別の線量に差はみられなかった。結果 は年内に個別に郵送で通知される。
 18歳以下の約36万人が対象の甲状腺の超音波(エコー)検査は、これまでに約1万1500人が受けたと報告された。生涯にわたり、甲状腺がんの有無を調べる。
 県民健康管理調査検討委員会座長の山下俊一福島県立医科大副学長は「この値からは健康影響はないと考えられる。ただし、放射性ヨウ素の影響はわからず、甲状腺検査など県民の健康を長期間、見守っていくことが大切」と話した。
 県は、外部被曝線量の推計結果がまだ出ていない県民が、線量の大まかな目安として使えるよう、原発周辺から県内外に避難する18通りのパターンを想定し た外部被曝線量の試算も公表した。滞在の場所や期間で0.18~19ミリシーベルトと開きが出ている。県のホームページで公開する。(林義則、大岩ゆり)
朝日新聞では統計のグラフも紹介されています。それもよく見ておいて下さい。
次は毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 被ばく4カ月推計、3町村の住民4割が基準値以上
 福島県は13日、警戒区域などに指定されている浪江、川俣、飯舘の3町村の一部住民1727人が事故発生から4カ月間で受けた外部被ばく線量を推 計したところ、約40%が一般人の年間被ばく基準値の1ミリシーベルト以上だったと発表した。一般住民の最高は14・5ミリシーベルト放射線業務経験者 では東京電力福島第1原発作業員の37・4ミリシーベルトが最も高かった。年内をめどに本人に通知する。
 県は「疫学調査では100ミリシーベルト以下の健康影響は確認されておらず、今回の結果から影響があるとは考えにくいが、今後も健康管理を進める」としている。
 先行調査の3町村(川俣町は山木屋地区のみ)の対象者の内訳は一般住民1589人、放射線業務経験者138人。このうち一般住民では、1ミリシー ベルト未満998人(62・8%)▽1ミリシーベルト以上~5ミリシーベルト未満549人(34・6%)▽5ミリシーベルト以上~10ミリシーベルト未満 38人(2・4%)▽10ミリシーベルト超は4人(0・3%)で、14・5ミリシーベルトが1人いた。
 20歳未満(311人)に限ると、1ミリシーベルト未満193人(62・1%)▽1ミリシーベルト以上~3ミリシーベルト未満100人(32・ 2%)▽3ミリシーベルト以上~5ミリシーベルト未満11人(3・5%)▽5ミリシーベルト以上10ミリシーベルト未満7人(2・3%)で全員が10ミリ シーベルト未満だった。
 県民健康管理調査は原発事故時の全県民約200万人が対象。先行地域の3町村の住民計約2万9000人については6月から始め、今回は、うち1727人分について住民の行動記録などを基に放射線医学総合研究所千葉市)が推計した。
 この日は、警戒区域計画的避難区域の住民の事故後4カ月間の外部被ばく線量について、避難行動のモデルケースに基づき試算した結果も公表され た。最も高かったのは、飯舘村で線量が一番高い地区に住み6月21日に福島市に避難した場合で19ミリシーベルト。早期に避難した警戒区域内では0・ 2~2ミリシーベルトだった。
 ◇子供全員検査は対象の6割受診
 また、18歳以下(4月1日時点)の子供約36万人全員を対象とする甲状腺検査の先行実施分は9日現在、対象者1万9459人の約6割の1万 1534人が受診した。検査を担当する福島県医大の鈴木真一教授は「しこりが見つかり、2次検査が必要な人は極めて少ない」と述べた。
 チェルノブイリ原発事故では子供の甲状腺がんは4~5年後から増えており、1回目の検査は元々しこりがあるか調べ、2回目以降に向けたデータとするのが目的という。【佐々木洋、乾達、吉川雄策】
そして読売新聞。
外部被曝、97%が5ミリSv未満…福島県調査
 福島県は13日、東京電力福島第一原子力発電所事故を受けて全県民を対象に実施している健康管理調査の中間結果を公表した。
 原発作業員など放射線業務従事者を除く住民1589人の97・4%にあたる1547人は、4か月間の外部被曝(ひばく)線量が5ミリ・シーベルト未満だった。国際放射線防護委員会は、原発事故の収束時の年間被曝量を1~20ミリ・シーベルトと提示しており、これらの人はこの範囲内に収まることになる。
 県民健康管理調査は、原発事故時の全県民約200万人が対象。今回の中間報告では、先行して実施した警戒区域計画的避難区域飯舘村浪江町、 川俣町山木屋地区の住民約2万9100人のうち1727人について、3月11日の事故発生時から4か月間の滞在場所や滞在時間が記入された問診票を基に、 文部科学省の観測や放射性物質の拡散予測「SPEEDI(スピーディ)」で得られた各地の空間線量率を使って計算した。
 放射線業務従事経験者を除く1589人のうち、推定被曝線量が1ミリ・シーベルト未満だった人が998人(62・8%)、1~5ミリ・シーベルト 未満が549人(34・6%)だった。10ミリ・シーベルト以上は4人で、最大は14・5ミリ・シーベルトだった。20歳未満の311人についての解析で は、62・1%が1ミリ・シーベルト未満。10ミリ・シーベルト超の人はいなかった。一方、放射線業務従事経験者では、最大37・4ミリ・シーベルトの人 が1人いた。
 調査を行った福島県医大の山下俊一副学長は、「外部被曝のみの分析だが、数値としては低く、健康に与える影響は極めて小さいと考えられる」と評価した。
3紙の記事を見比べてみると、内容は同じなのに随分違う印象となっているのが分かります。
朝日新聞は記事中では「5ミリシーベルト未満が97%を占めた。」と、掲載のグラフ内容に沿う説明をしておきながら、普通なら「例外」として扱うべき端っこのデータをわざわざ取り上げ、「住民最高14.5ミリ」と、その最高値を強調する見出しを付けています。
そして毎日新聞の記事を読むと、「10ミリシーベルト超は4人(0・3%)で、14・5ミリシーベルト1人いた。」とここではその具体的な人数も書かれていますが、朝日新聞はこれには触れず、この一般住民1587人中1人の値を見出しとして採用した訳です。
確かにそれも事実の一面ではありますが、私はそこに編集者の「作為」を感じてしまうのですね。

また毎日新聞も、「3町村の住民4割が基準値以上」との見出しを付けていますが、この基準値というのを記事中では「一般人の年間被ばく基準値である1ミリシーベルト」として、それ以上の人数を足して4割としています。
しかし、1ミリシーベルトというのはあくまで平常時における基準値であり、元々緊急時では1~20ミリシーベルトという値を用いていた事を忘れてはなりません(→参考)。
そしてこの記事の中では20歳未満の人数(311人)も紹介されていますが、1ミリシーベルト未満~5ミリシーベルトを足してみると304人(97.8%)、つまり低い値の範囲がほとんどである事が分かります(「全員が10ミリ シーベルト未満だった。」とも書かれています)。
そして読売新聞は、「97%が5ミリSv未満」という、あのグラフからも極めて妥当と言える見出しを付けています。

このように3紙の印象がこうも違うというのは、結局頭に付いている見出しの影響が大きい訳です。
そしてこの見出し作成に関わるのが編集ディスクという名の、いわゆる「上司」なのですね。

今回の例だけではなく、以前も単なる推測の域を出ない事柄を大袈裟に報じたどうしようもない記事がありましたが、あんな報道を見る度私はついこんな風に思ってしまうのです。
「それでもプロか!」
と。
日々の出来事をただそのまま垂れ流すだけならば、今はネットやツィッターなどで誰でも出来ます。
しかしそもそもマスコミに携わる者は本来、そこに本質となる問題性を見出し、それを世間に問うてみる程の見識と知識を持たなければならないと思うし、それこそ「伝達のプロ」としての意地と誇りであると思うのです。
そしてそんなプロ意識を若い記者達に植え付けるのが上司の役目であるはずですが、今のマスコミの世界にそんな意識を持ったリーダーは果たして存在するのでしょうか。
こんな記事に出会う度、「科学リテラシー」とか「リスクコミュニケーション」などを本来学ぶべきなのは、現場の記者ではなくこういう「上司」なのではないのかと思うのです。
そして情報を受け取る側である我々もまた、このような扇動的な見出しや文言をそのまま信じる事がいかに危ういものであるかという事を自覚すべきでしょう。

ここではたまたま新聞を例に挙げましたがこれが雑誌ともなると尚更の事、そしてテレビもまた同様です。
今回例に挙げた毎日新聞の記事で、事故後4カ月間の外部被ばく線量を避難行動のモデルケースに基づいて試算した結果、その最高値が19ミリシーベルトであったとする報告が紹介されていますが、これはあくまで「推定」の数字である訳です(→参照)。
ところがこれを、この日放送された「報道ステーション」では、まるで飯舘村村民すべてが最大値の19ミリシーベルトを被曝しているかの様なニュースを、絶望感を表す村民のインタビューと共に流し、司会者も解説者も国に憤るというどうしようもない放送がなされました。
これなどは、司会者や解説者の無知に憤るよりも、その様なコメントを出させる様ミスリードしたニュースを作った、この番組責任者であるディレクターこそ批判されるべきなのです。
今のマスコミが、ややもすればネット内から「マスゴミ」などと揶揄されるのは、まさに上に立つ人間のプロ意識の欠如と無責任さにあるとも言えます。

こんな中央メディアとは違い、被災地のローカル新聞では自分達も被災した立場から、被災者に寄り添った良質な記事が多数生まれています。
これはつまり、彼らが本当に「伝えたい事」を理解し、その事に使命感を持って取り組んでいるからなのだと思うのです(→一例)。
ローカルのテレビ局でもまた、なぜこれを全国放送しないのかと思うほどの番組が、地元〔だけ〕に向けて流されています。
昼のNHKニュースで本放送の後の12時20分からは、岩手・宮城・福島3県のリレー形式で、それぞれの県のローカルニュースが毎日流されています。
この放送は他県に避難して故郷の様子を知る事が困難になってしまった人のために、NHKサイトから誰でも視聴出来る様になっていますが、実際避難者にはネット環境のない人達も大勢いるのです。

福島の原発についても、近頃ではあまりメディアで大きく取り上げられる事は少なくなりました。先の報道ステーションでの事例でも、あのニュースは番組しまいの方のダイジェスト項目の一つという扱い方でした。
週刊誌に至っては、あの時の騒動は一体何だったのかと思う程、今では原発関連の記事はまるで見られなくなってしまいました。
まあこれが中央のマスメディアの、「しょせん他人事」という意識の表れなのかもしれません。
でも今回の原発事故は、世界中からも大きな注目を浴びている今後何十年にも渡る国家の大問題でもある訳です。
ですからメディア界全体として、各局各紙で取り上げた原発関連の特集記事や特集放送を一同に介し、それを誰でも無料で見る事が出来るアーカイブサイトを、メディア界の一大共同事業として立ち上げるなどというアクションを起こさないものかと常々思っているのですが、自分達の足元ばかり見ている今のメディアにそれを望むのは、それこそ見果てぬ夢物語なのでしょうね。

先日、「二百三高地」のドラマを見て、思わず今回の件に思いを寄せてしまいました。
この戦いは、「無能な指揮官によって、いかに多くのかけがえのない命が無駄に失われてしまった事か」という教訓を後世に伝えるものです。
これに現在の政府の姿を重ねる人も多い事でしょうが、その政府を槍玉に上げるマスコミこそ、この教訓を自らに照らして見る事が必要ではないのかとつくづく思うのです。
(続く) 



(参考)
 ・SYNODOS JOURNAL 「週刊誌との付き合い方――放射能の人体への影響を読む 佐野和美
 ・FOOCOM.NET 「マスコミはなぜ伝えない 1万9000件超の検査結果
 ・『森林ジャーナリストの「思いつき」ブログ』より「福島の林業復興シンポジウム
 ・「原子力報道にみるマスメディア間の相互作用とその要因の分析(pdf)」
 ・福島民報放射線・生活情報
 ・福島民友:みんゆうNet「東日本大震災関連ニュース
 ・togetterより「福島のこどもの甲状腺検査結果の報道をめぐって」(←最後まで読むべし)
 ・河北新報Kolnet 「3.11大震災特集
 ・togetterより「EU代表部: “緊急時におけるリスクコミュニケーション”