杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

河北新報に「東北」を語る資格はあるのか

1月10日の事ですが、職場で河北新報を読んでいて、そのタイトルに引かれていつもは読まない社説を思わず読んでしまいました。
以来ずっと悶々としていましたが、1月17日の社説「河北新報創刊120年/「東北復興」被災者とともに」を読み、やはりこれは言わずにはおれないという気持ちになり、今回この様なエントリーを挙げるに至りました。

1月17日、河北新報の創刊120年にあたるこの日の社説は、被災地の報道機関としての使命感を新たにするという内容となっており、社説中にはこの様な文言が掲げられていました。

 ただ、「東北振興」を社是に掲げるわれわれにとっては、通過点の一つにすぎない。

> 時代が変わっても、「河北」の題号を守り続けているのはなぜか。常に原点を忘れず、東北の発展に尽くす思いを新たにするためである。

河北新報はあくまで宮城県のローカル新聞ですが、しかしながら「東北振興」を社是とし、被災地の新聞の使命として東北全体の発展を目指している様です。

ではそんな新聞社が、10日の社説では一体どう語っていたのでしょうか。
あまり薦めたくはありませんが、主旨の都合上全文引用いたします(赤文字強調は引用者による)。

河北新報1月10日社説)

原発自主避難/なお自己判断を強いるのか

 福島県内の常磐自動車道を走ると、路肩に空間放射線量をリアルタイムで表示する電光掲示板が何カ所も現れる。東京電力福島第1原発事故から間もなく6年。公園などでは線量の計測結果を張り出す光景も珍しくなくなった。
 むろん、これら掲示板の数値は安全を保障するものなどではなく「汚染の程度」を示しているにすぎない。しかも安全か否かは一人一人の判断に任されている。そんな時代に私たちは生きているのだ。
 思い出してほしい。政府は事故後、線量の年間許容基準値をそれまでの20倍、20ミリシーベルトに突如引き上げた。事故に伴う避難住民の帰還事業も、後づけで引き上げた基準値を物差しに進められている。
 京大原子炉実験所助教だった小出裕章氏は「安全な被ばくなどない」と論じ、基準値は「我慢させられる量」でしかないと断じた。
 米国の「社会的責任のための医師の会」も、米科学アカデミーの研究報告書を引用し「年間20ミリシーベルトは子どもの発がんリスクを高める。このレベルの被ばくを安全と見なすことは不当」と指摘している。
 子を持つ親には看過できない警告だった。自主避難者の相当割合が地元に父親を残して母子のみとなったのは、むしろ当然だ。信じるに足る情報がないまま子の命や健康に関わる判断を強いられ、それが今なお続いている。
 こうした経緯を忘れたわけではないだろうが、福島県は県内外で行ってきた自主避難者向け住宅の無償提供支援を、3月末で打ち切るという。
 原発被災地では同時期、帰還困難区域を除く全域で避難指示が解除される。タイミングの一致は決して偶然ではなかろう。性急に帰還を促して事故の収束を取り繕いたい国の思惑が透けて見える。
 打ち切りの対象世帯は約1万2500。これより後の「自主」避難は「強いられた自己判断」から「単なる自己都合」に立場を変える。
 「原発事故被害者団体連絡会」などが昨年末、福島県知事への直訴状を手に打ち切り方針の撤回を求めたが、対応は実に冷淡だった。
 一方、自主避難者を最も多く受け入れている山形県では、山形市米沢市の議会が方針撤回を求める請願を採択。県も職員公舎50戸を無償提供する方針を表明した。
 故郷より避難先の方が自主避難者に寄り添う姿勢を最大限示しているという皮肉が意味するものは何なのか。
 「福島県は住民を見失っている」と福島大の今井照(あきら)教授(自治体政策)は喝破する。「どうやって避難を打ち切るか」は、自主避難者を「どうやって住民でない存在にしてしまうか」と同義なのだ。
 「では、自分たちは何者なのか」。6年近く子どもを抱えて逃げ、惑い続ける自主避難者に、その答えまで自分で探せと強いるような政治や行政であってはならない。

「こんな社説を書いたのはどこのどいつだ!」

思わずそう怒鳴りつけたくなる様な内容で、まるで北海道か東京のローカル新聞を読んでいるかの様な錯覚に捕われてしまいました。
相も変らぬ不安煽りに行政悪玉論、この社説を書いた人は果たして福島の現状をどの様に認識しているのでしょうか。

> 福島県内の常磐自動車道を走ると、路肩に空間放射線量をリアルタイムで表示する電光掲示板が何カ所も現れる。東京電力福島第1原発事故から間もなく6年。公園などでは線量の計測結果を張り出す光景も珍しくなくなった。
 むろん、これら掲示板の数値は安全を保障するものなどではなく「汚染の程度」を示しているにすぎない。しかも安全か否かは一人一人の判断に任されている。そんな時代に私たちは生きているのだ。

自動車道に掲げてある線量計掲示板は、確かにその一部区間は帰宅困難区域を通過しますから、 その数値はその地点の放射線量を示すものであるのは間違いありません。
しかし市内の公園などにある線量計まで一括りにして、〔安全を保証するものなどではなく〕などとして、さも公園が安全ではなく、福島の住民は未だ不安の中にいるかのごとく受け取られる様な書き方をしています。
震災からもうじき6年、その間福島県内では様々な除染対策がなされ、現在住民が普通に暮らしている場所には危険な所などどこにもありません。
公園にある線量計などは、おそらく住民の方は今では、街中にある温度計の掲示板と同様の、単なるモニュメント的なイメージしか抱いていないのではと私は思っています。
或いはまた、「ここまで下がった」という安心を得るための道しるべとして機能しているかもしれません。
そして呆れるのが次の部分です。

> 思い出してほしい。政府は事故後、線量の年間許容基準値をそれまでの20倍、20ミリシーベルトに突如引き上げた。事故に伴う避難住民の帰還事業も、後づけで引き上げた基準値を物差しに進められている。
 京大原子炉実験所助教だった小出裕章氏は「安全な被ばくなどない」と論じ、基準値は「我慢させられる量」でしかないと断じた。
 米国の「社会的責任のための医師の会」も、米科学アカデミーの研究報告書を引用し「年間20ミリシーベルトは子どもの発がんリスクを高める。このレベルの被ばくを安全と見なすことは不当」と指摘している。

ここで突如、震災直後に散々撒き散らかされた無責任な放射能不安煽りが登場します。
そして社説はこう続きます。

> 子を持つ親には看過できない警告だった。自主避難者の相当割合が地元に父親を残して母子のみとなったのは、むしろ当然だ。信じるに足る情報がないまま子の命や健康に関わる判断を強いられ、それが今なお続いている。

当時この様な不安煽りは、一体どこから流されてきたでしょうか。
いみじくもこの社説は、自分でその事を指摘しています。

> 信じるに足る情報がないまま
> 子の命や健康に関わる判断を強いられ


これはつまり、その前行の、

>「安全な被ばくなどない」と論じ、基準値は「我慢させられる量」でしかない
>このレベルの被ばくを安全と見なすことは不当」と指摘


などという無責任な煽りの言動により、過剰な不安に陥った母親達が自主避難せざるを得ない状態に追い込まれたという状況を表している訳です。
そしてその情報を散々撒き散らかしたのは、当のマスコミ自身であったという事実を忘れてはなりません。
実際あの当時は混乱に乗じ、マスコミの売れ筋としてこの様な煽り記事ばかり盛んに流されましたから、信じるに足る情報が何かを一市民が判断するのは難しかった事でしょう。
だからあの時点では、自主避難を選択した人達は何も間違ってはいなかったと言えます。
問題はその後です。
他県にばらばらに避難して行った人達に、マスコミは信じるに足る情報(=福島の本当の姿)をどれほど伝えてきたのでしょうか。

>それが今なお続いている。

それはなぜなのでしょう。

> こうした経緯を忘れたわけではないだろうが、福島県は県内外で行ってきた自主避難者向け住宅の無償提供支援を、3月末で打ち切るという。
 原発被災地では同時期、帰還困難区域を除く全域で避難指示が解除される。タイミングの一致は決して偶然ではなかろう。性急に帰還を促して事故の収束を取り繕いたい国の思惑が透けて見える。

原発事故からの復興は、当然ながら住民個人の力だけではどうしようもなく、国や行政や企業・そしてNPOなど、様々な力を集結しなければ決して出来る事ではありません。
そのためにはまずはお互いに信頼関係を築くのが最重要な事ですが、ではそのためにマスコミは一体何をしてきたのでしょうか。

> タイミングの一致は決して偶然ではなかろう。
> 性急に帰還を促して事故の収束を取り繕いたい国の思惑が透けて見える。


と、ただただ国や行政への不信感ばかりを増大させる事しかしてこなかったのではないですか。
住民達が不安無く暮らせる様努力してきた現地での取り組みを、遠く離れた自主避難者の元に果たしてどれほど伝えてきたのでしょうか。

この社説が載る前日の1月9日、福島県の地元ローカル紙「福島民友」にこの様な記事が載りました。

 「外部被ばく線量...政府推計は「4倍過大」 避難・除染の根拠」
(記事はこちら

この記事は、空間線量から受ける住民の外部被曝線量は、実際は政府推計の1/4だったという報告です。
これは福島にとってはまさに「朗報」のはずですが、隣の県である河北新報は一切報じていません。
いや実は、この社説を書いた人すらこの事実を知らなかったのではないかと思えてなりません。
原発放射能に関する報道については福島県は特化していて、その情報量の多さと県民の放射能に対する知識は、他県とは比べものになりません。
この事は逆に、福島県以外の県は完全に情報弱者となっていて、錆びついた過去の情報しか持たない他県のマスコミは、福島県に対し未だに震災直後のイメージしか抱いていないのではないでしょうか。

> 打ち切りの対象世帯は約1万2500。これより後の「自主」避難は「強いられた自己判断」から「単なる自己都合」に立場を変える。
 「原発事故被害者団体連絡会」などが昨年末、福島県知事への直訴状を手に打ち切り方針の撤回を求めたが、対応は実に冷淡だった。


「単なる自己都合」と言ってるのはこの社説の筆者ですが、どうやらこの人は一方的に福島県を悪者にしたい様です。

> 故郷より避難先の方が自主避難者に寄り添う姿勢を最大限示しているという皮肉が意味するものは何なのか。

これこそ、他県が福島の現状をまるで理解せず、マスコミも何も伝えていないという証ではないでしょうか。
自主避難者に寄り添う」と言えば聞こえは良いですが、ではマスコミは自主避難者にどれほど福島の現状を正しく伝えてきたのでしょうか。
ただ放射能への不安と、行政への不信感ばかりを植え付けては来なかったでしょうか。
或いはまた自主避難者に対し、その様な不安感・不信感を払拭する努力を、避難先の行政やマスコミはどれほど行ってきたのでしょうか。
この社説を読む限り、少なくとも河北新報は、福島県の現状を理解しようとしていなかったと受け取れます。

> 「では、自分たちは何者なのか」。6年近く子どもを抱えて逃げ、惑い続ける自主避難者に、その答えまで自分で探せと強いるような政治や行政であってはならない。

惑い続ける自主避難者は間違いなく、マスコミによって垂れ流された無責任な言動に翻弄された弱者であり、犠牲者です。
そしてこの社説から見えるのは、その責任を政治や行政に転化するマスコミの典型的な姿そのものです。

17日の社説では「東北振興」「東北の発展」などと大上段に構えていますが、すぐお隣の県である福島県に関してのあまりの無知さ加減に、
「ああ、しょせん河北新報宮城県限定のローカル新聞なのだな。」
と思わざるを得ませんでした。

「福島の復興なくして東北の復興なし、東北の復興なくして日本の再生なし。 」
政府は復興のスローガンをこう掲げていますが、ただ批判するだけのマスコミは、この言葉さえもただのお題目としか受け取っていないのでしょう。
そしてマスコミ自身もまた、いつしか福島の復興からは目を逸らし、更新されないままの情報にずっと捕われ続けるのです。
そうして一見自主避難者に寄り添う様な素振りを見せ、ただ政府や行政を批判する事ばかりに明け暮れ、福島の実情も認識せぬまま、結局この様な的外れな社説を述べるに至るのです。

17日の社説を読み、私は一宮城県民として、非常に恥ずかしく感じました。
すぐお隣の県の実態も何も理解せず、堂々と「東北」を語る。

こうした福島に対する認識を改められない限り、もう河北新報には「東北」を語る資格はない。

しみじみと、そう思ったのでした。



(参考)
自ブログより 「河北新報に載った「1年に100ミリシーベルトは誤解」の記事は誤解を呼ぶ」