杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

とある市民のリスク考(5) ~怖がり方を考える~

12月16日、政府はステップ2の完了を発表し原発事故の収束を宣言しましたが、もちろんそれで放射線の脅威から解放された訳ではありません。
これから数十年、廃炉に向けた長い道のりが始まる訳ですが、同時に我々はこれから先ずっと、事故で放出された放射線と付き合っていかなければならないのです。
そこで問題となるのが、この放射線との「付き合い方」というものです。

放射線の実体が分からない事でむやみに怖がらぬ様、専門家の人達はそれぞれの立場から放射線について説明して「正しく怖がろう」と言うのですが、実際問題としてそれを言葉通り受け入れる事は中々に難しい様です(→一例)。
たとえ放射線の知識をいくら頭で理解したからと言って、それでも不安を持ってしまうのは仕方がない事で、自分達が守りたいものがある場合(多くの場合それは子供となるのですが)こそ、不安感と不信感はますます強くなってしまうものです。

そして実際、放射線は「安全」か「危険」かという議論が科学者をも巻き込んで行われ、その不安感の表れとして、いつの間にか「すべて危険」か「まったく安全」という対極同士の言い争いの様な展開となる議論なども見受けられ、本来の現実的な問題からどんどん離れていっている様にも感じてしまいます。

そもそも私は議論の中で、放射線は「安全」か「危険」かという分け方、というかその『言い方』にずっと違和感を抱いています。というのは、「放射線」というのは元々「危険」なものであって、「安全な放射線」などはないからなのです。
前のエントリーで私は、放射線は「危険の森」の中の1本の「リスクの木」であると言いましたが、そこには当然他の木もあってこれらも同様に皆危険な訳で、
「インフルエンザウィルスは安全です。」
「化学物質は安全です。」
「食中毒菌は安全です。」
なんて言い方はしませんよね。
だから「放射線は安全です。」などという言い方は元々ないのです。
では本来は皆危険であるものを、実際に議論の中で「安全」とか「危険」などと語る場合、それはあくまでその「量」の概念を前提として論じなければならない訳ですが、放射線の場合、その概念そのものが聞きなれない独特の単位にもより、人によってばらばらな印象となって議論を混乱させているのですね。

12月15日、NHKの番組「あさイチ」で「日本列島・食卓まるごと調査・続報」という番組が放送されましたが、その中で検出された自然界の放射線のスペクトルが紹介されました。↓

 
 http://www.nhk.or.jp/asaichi/2011/12/15/01.html
このピンピンと立っている赤い突起部分(ピーク)が私達が普段浴び続けている放射線で、セシウムはこの中の一本であり、それを探し出してその値を発表している訳です。
でも私はセシウムの一本の線よりも、この真っ赤に染まった部分を見て色々考えてしまうのですね。
よく、人間の体内に存在する放射性物質の量はカリウム40の場合体重60kgあたり約4000Bqと言われてますが、実際そんな数字を聞いてもいまいちピンと来ませんでした。
しかしこのスペクトルを見たおかげで、我々は日々これだけの自然放射線を常に受けているという事が実感として良く理解出来たのですね(これはあくまで外部を遮蔽した測定器レベルなので、実際はもっと多くなる)。
番組ではゲストの安斎育郎さんが放射線防護学の立場から語っていましたが、実際の測定ではこの自然放射線には【敢えて目をつぶり】、その中から原発由来のものだけを見分けてその値を発表している訳です。
そして放射線は、たとえそれが自然であろうが人工であろうが我々の体には有害で、ただ元々自然に存在するものはもうどうしようもなく、ならばせめて人工のものについては出来るだけ低く抑えようという考え方をとっている訳なのですね(→参考)。
でも私は、勿論それがこれの様に顕著に跳ね上がっている場合は別ですが、検出限界ぎりぎりで、他の真っ赤な突起に埋もれてしまっている様なものに対してまで神経を尖らせる事が、果たしてどれほど意味がある事なのかなと思ってしまうのですね。
これこそ「木を見て森を見ず」どころか、「枝しか見ていない」という様に感じてしまうのです。

放射線の害で一番心配されているのは言うまでもなく「ガン」ですが、でもその「ガン」を引き起こす原因となるのは別に放射線ばかりではありません。
今現在食品においては、普通に存在している自然放射線よりも遥かに低い値の人工放射線ばかり注目されていますが、何よりもあらゆる食品には、元々「発ガン物質」が含まれているという事がまるで知られていない様に思えます(→参照)。
そして普段何気なく吸っている空気にも、放射線どころか化学物質や微生物・ウィルスなど、様々なガンの素が含まれています(→参照)。
こうして考えてみると、少しぐらい放射線が高くても綺麗な空気の所と、放射線が低くても化学物質が蔓延している都会とでは、果たしてどちらが安全なのかとつい考えてしまうのですね。

ではなぜその様な思いには至らず、皆放射線ばかりこうも気にしてしまうのでしょうか?
それは結局、放射線というものの正体もその影響も良く分からず、しかも運が悪い(良い?)事に、放射線はほんの微量でもすぐ計測されてしまうがため、出てきたその数字の大きさに捕われてしまうからなのですね。
でも実際は、その影響が分からないのは化学物質だって同じであり、そう考えてみると私達は、今回の事故以前からずっと多くのリスクに囲まれて暮らしていた訳で、私達は常に「危険の森」の中を彷徨っていたのですね。

ではそんな中における「正しい怖がり方」とは、一体何でしょうか?
そもそも私は、この「怖がる」という言葉にも疑問を抱いてます。確かに放射線は危険ではありますが、「怖がる=恐れる」という事ではないと思います。
もちろん事故直後においては「怖がる=恐れる」という考え方はもっともな事だと思いますが、収束に向かいつつあり、尚且つ様々な情報が提供されている今になっても尚「恐れる」という考えでいるのなら、それは逆に他のリスクを過小評価してしまう事になるのではとも思ってしまうのです(あくまで原発がこのまま何事もなく推移する場合を前提としています)。
化学物質を恐れるあまり、車の排ガスを浴びぬ様子供の外出を禁止したり、発ガン物質が怖くて野菜を食べなかったり、ホルムアルデヒドが怖くて部屋の空気を集めて科学センターに分析を依頼するなど、こんな事をしている人はおそらくいないと思います。でもそれが健康に害があるとなると、やはり皆それなりに【注意する】訳ですね。
つまりこの場合、「怖がる=気をつける」という感覚でいるのが正解だと思うのです。

以前書いたエントリーのコメント欄でも述べた(2011-06-15 00:35:50)のですが、私は放射線に対しては「交通事故に気をつけましょう。」という感覚で接するのが一番無理がないと思っています。
また、
「インフルエンザが猛威を振るっているので注意しましょう。」
「食中毒に注意しましょう。」
など、これらは日頃よく耳にする注意の言葉ですが、これを聞いた時の感じ方を良く思い出して欲しいとも思います。
この注意を聞いた時、怖くなって思わず部屋中アルコール消毒などしたでしょうか? でも我が子にはちゃんと、帰ってからのうがい・手洗いなどの指導はしているでしょうし、台所の衛生状態などもチェックしているはずですよね。
交通事故についても、子供達はいちいち親が注意しなくても青信号になってから横断歩道を渡りますし、車が来るのに車道を歩く子供達はおりません。それは家庭ばかりではなく、学校でも授業の一環として警察官を呼んで交通安全教室が開かれ、しっかりとリスク管理の指導が行われているから、子供達は車を恐れるのではなく、その「気をつけ方」を自然に身に付けているのですね。

今後は学校でも放射線の授業が行われます。そこでは交通安全教室の様に、時々は専門家を講師に招いてやさしく解説してもらうという事も行われていくはずですし、またぜひそうしなければならないと思います。
その時にはぜひとも、放射線ばかりではなく化学物質についても同様に「リスク」というものを理解させる様な教育を行ってほしいものです(→こちらのように)。

結局の所、その原因が放射線であろうと化学物質であろうと或いはストレスであろうと、活性酸素がDNAを傷付けてしまうという点では結果的にはどれでも同じ事なのですね。
ただ放射線の場合はその数値ばかりが一人歩きしている状態なので、それがどれほどの影響があるのかが分かりにくいというのが不安を掻き立てる大きな要素となっています。
だからその分かりにくさを理解するには、それと同程度の他者とのリスク比較というのがイメージとして捉えるには有効な訳です。
ならば同時に、「怖がり方」もそこと比較し、それと同等の怖がり方をすれば良いのだと私は思うのです。

福島県では小学生向けにガイドブックを発行しており、「気をつけ方」をやさしく説明しています。↓

  
http://www.pref.fukushima.jp/j/02_web.pdf

ガイドブックの最後にはこうあります。

「規則正しい生活をして毎日を楽しく過ごすことがあなたの体を守ります。」
(終わり) 
*            *            *
自分専用の覚書のつもりで始めたこのシリーズですが、今回で一応の区切りとします。
ただし、この問題については今現在も進行中の事であり、自分の考え自体流動的でもあるため、今後新たな考えとなるかもしれない事を付け加えておきます。
また、今回だけで言い尽くせなかった事も多々ありますし、この問題については今後も不定期で扱っていきたいと思います。


(参考)
 ・asahi.com apital 「低レベル被曝、どうすれば
 ・togetterより「正しく怖がる
 ・「科学的に震災を振り返る ~正しく知って、正しく怖がる~
 ・あいんしゅたいんJEINより「放射線Q&A ー 放射線を調べれば、原子炉で何が起こっているかわかる?
 ・産総研つくばセンター放射線測定結果
 ・味の素KK 「第1回食品添加物 第5章安心は信頼から生まれる
 ・「環境マップと大気汚染
 ・環境省平成21年度 大気汚染状況について
 ・神奈川県環境科学センター「「化学物質」についてもっと知っていただくために
 ・製品評価技術基盤機構よく分かる化学物質管理
 ・国立がん研究センター中央病院がんの発生要因と予防方法
 ・放射性廃棄物リスクコミュニケーション広場「(4)心にシーベルトの物差しを