杜の里から

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「被曝の森」再び~BS1版はどう変わったか?(本編)

タイトルコール後しばらくは前回同様に、まずは原発事故後の放射線汚染地図が示され、年度毎の汚染状況の変化(5年間で放射線65%減少)が語られ、それから東京大学名誉教授森敏さんが行っている、フィルムに映し出した放射線像の紹介となります。
しかしここでも、前回は「スギの葉」が紹介されましたが今回は「ヒノキの葉」に変わり、その説明もより研究内容に則したものでした(強調は引用者によります)。
(Nスペ)
これはスギの葉。葉の形に沿って影が出た。
植物が放射性物質を栄養分として取り込んだ事を示している。
放射性物質セシウムは栄養となるカリウムと性質が似ているため何の抵抗もなく生物に吸収されてしまう。

BS1
これはヒノキの葉、若葉が特に黒く映りました。



放射性物質セシウムは栄養分のカリウムと性質が似ているため、成長する部分に集まりやすいのです
さらに説明は続きます。
虫や動物も調べました。
トンボでは羽を動かす胸の部分に濃い影が出ました。
マムシでは、全身の筋肉にセシウムが行き渡っていました。
セシウムは生物の活動が盛んな所に蓄積する事が分かってきました。
この箇所は前回はこうでした。
虫や動物も調べた。
体の中に放射性物質が取り込まれていた。
こうして比べてみると、今回は前回よりも一歩踏み込み、研究から明らかになってきたセシウムの挙動についての解説がなされているのが分かります(逆に言えば前回は、ただ放射線の恐怖を煽るだけのものでした)。
そして森さんのコメントも、以前採用された部分とは微妙に異なっていました。
(Nスペ)
「植物、動物、微生物、全部含めて(調査記録を)残していく事が非常に重要だと思うんですよ。
 そういうものが集積した段階で、いろんな解析をすれば(影響が)分かってくる。
 こういう言い方すると悪いけれども、放射能汚染の壮大な実験ほ場になっているんですね。」

BS1
 「映像で見ると、考えてもみなかったところが汚染していることが歴然とわかるんで、
  いろいろな手法を使って見える化しなくてはいけないんですね。
  こういう言い方すると悪いけれども、放射能汚染の壮大な実験ほ場になっているんですね。」
前回のコメントでは漠然としたものでしたが、今回のコメントは研究の意義について分かりやすく説明した発言である事が分かります。

そして今回大きく変わったのが、次に紹介された 福島大学環境放射線研究所特任助教奥田圭さんの事例です。
前回奥田さんが紹介されたのは無人の町で繁殖するアライグマの生態調査でしたが、今回は彼自身が行っているイノシシの放射線量研究の現場が紹介され、Nスペ版のナレーションでは
森の中にあった、あのスーパーホットスポット
そこに監視カメラを仕掛けると、イノシシが映っていた。草の根などを食べている。
こうして生き物たちは汚染され続けている
と、ごく簡単に語られていた部分が、より詳しく紹介されていきます(( )内数字は放送時間)。
(9:10)
放射能汚染で、特に強く汚染されている動物がいます。イノシシです。
奥田圭さんは、避難区域とその周辺で駆除されたイノシシの汚染状況を調べてきました。
測定するのは太ももの筋肉、放射性物質がもっとも濃く蓄積すると考えられているからです。
これは避難区域で去年11月に捕獲されたイノシシのもの。
結果があらわれました。



1kgあたり18000ベクレルのセシウム、食品の基準の180倍にあたる高い数値です。

奥田 「イノシシのセシウム濃度が高くなっている要因が何なのか、まだほとんどわかっていない様な状況ですので、ずっと見ていく必要があるのかなと思ってます。」
そして奥田さんはイノシシの汚染濃度が高い事に疑問を持ち、チェルノブイリで生物への影響調査をしてきたトーマス・ヒントン教授と共に、イノシシに線量計付きの首環をはめ、イノシシが移動する先々の放射線量を探るという研究が紹介されます。
 
     

その調査で、局所的に放射線量が高いホットスポットの存在が明らかにされます。

     

更に、前回でも紹介された放射線量が視覚化される計測器を用いてのホットスポットの確認へと続きます。


そこに監視カメラを仕掛けると、イノシシが映っていました。
草の根などを食べています。
こうしたホットスポットが、生き物を汚染する原因の一つだと考えられます。

トーマス 「イノシシなどの動物は一見健康そうに見えます。
  慢性的な被曝によってどのような影響が現れるかは大きな謎です。
  私たちはその手がかりを得ようとしているのです。」
今回番組の特徴として、区切れごとに場所と取材日時がキャプションで表示されていますが、これも時間軸を確認できる手段となっています。
(14:45)
福島浪江町 2015年6月
ここからは前回アカネズミの遺伝子研究で紹介された弘前大学三浦富智准教授が紹介されますが、今回紹介されたのは「ヤマメ」でした。
川で捕獲したヤマメの赤血球を調べ、その細胞核の中の「微笑核」と呼ばれる部分の増減を調べて、放射線による異常を調べようとする研究です。
一匹辺り12000個の細胞を観察し、微小核を見つけ出します。
三浦さんたちは浪江町のヤマメと、汚染されてない青森県のヤマメを比較しました。
以上の発生率は、浪江町のヤマメで0.0036%、青森県は0.0029%、統計上の差はなく今は放射線の影響は見られないと言います。



三浦 「原発事故を受けて放射性物質が環境を汚染している。それは今でも継続しています。
   しかしそこに生きている生物たちは、それほど強い遺伝影響を受けていません。」
報告はここで終りませんでした。
番組ではこの後、三浦さんが浪江町漁協を訪れ、漁協の理事と職員に研究結果をレクチャーする模様も取り上げ、ヤマメの放射線量は2012年から2013年までは大きく下がったのに、それ以降は横ばいとなっている現状を報告します。

     

そしてその結果を見た漁協の人とのディスカッションの模様が流されます。
漁協職員 「放射能は減っているけれども魚は横ばい。それが困っている。
  なんで横ばいなんだと。
  だからその根拠になるようなものがあれば強く国に働きかけられる。
  福島県全体が助かる。」

三浦 「我々は何を協力できるのか、具体的な証拠が欲しいのなら来年それを
  つかまえるために研究計画を立てて、データをまた供給するという風な、
  そういうキャッチボールをしていくことがすごく大切だと思っています。」

漁協との対話で、次の研究の糸口が見つかりました。
三浦さんは汚染が続く原因と生物への影響、その両方を調べる事にしています。
前回はただ研究者達の研究結果の紹介だけでしたが、今回は住民達との対話の模様も描かれ、情報の共有が行われている事が分かる内容となっています。

(21:50)からはチェルノブイリの現状が紹介され、前回と同じ「ヨーロッパアカマツ」と「ツバメ」の研究が紹介されますが、ツバメ研究で福島に来ているティモシー・ムソーさんの模様は、前回より更に詳しく紹介されます。
福島での調査には日本野鳥の会山本裕さんと動物写真家佐藤信さんが協力していますが、避難区域では住民がいなくなったため、カラスなどがツバメの巣を壊したり襲ったりしていて、無人の町では調査を進める以前にツバメの生息環境が悪化している状況となっていました。
Nスペでは、
尾羽の長さが左右で違うものが既に見つかっています。
このツバメも左右で長さが違います。
しかし日本では研究者が少なくツバメを捕獲して行う調査が進んでいません。そのため異常の有無を判断するほどのデータが集められていないのが現状です。
と、研究者の不足として説明されてましたが、それだけではない事情が今回の報告で分かります。
そして前回は、
一方でツバメが放射性物質で汚染されている証拠が見つかっています。これは避難区域で見つかったツバメの死骸です。
放射線に反応するフィルムで撮影すると内臓に濃い反応が浮かび上がりました。虫などの食べ物を通じて汚染されたと考えられています。
としてツバメの件については終わりますが、今回は更に続きがありました。
去年9月、野鳥の会とムソーさんは今後の調査について話し合いました。
ムソー 「被曝は異変の原因のひとつかもしれないが他の原因も考えられる。さらに
  注意深い研究が必要です。
  そのためにはツバメを捕獲して調べなくてはならない。
  おそらく数千羽捕まえなくてはならないでしょう。」
この言葉を聞くと生物研究の困難さや、また現段階では早急な結論を言える状況にない事がよく分かります。
(ヨーロッパアカマツについては前回と同じ内容だったのでここでは割愛します。)
(34:45)
ここからは前回も紹介された日本放射線影響学会理事長の福本学さんのニホンザルの研究が紹介されます。

     

残念ながら、報告内容もあのグラフも前回同様でしたが、Nスペではこの様な語りで福本さんの紹介は終っていました。
今のところ白血病など血液自体の異常は見つかっていないという。
福本さんは今後数十年にわたって分析を続ける必要があると考えている。
放射性物質による影響が出るまでに長い時間がかかるケースを自ら実証してきたからだ。
しかし今回はこのコメントの続きと、更にそれから追加取材したと思われる新たな映像が追加されました。
少し長くなりますが、ここに紹介します。
~長い時間がかかるケースを自ら実証してきたからです。
レントゲン撮影の際、血管造影剤として60年前まで使われたトロトラスト、中に含まれている放射性物質物質の影響で、多くの人がガンを発症しました。
ガンの発症は薬剤が投与されてから20年以上経ってからのことでした。
サルの場合も被曝の影響が出るには、長い時間がかかる可能性があります。

福本 「今後20年後30年後に影響が出ないという保証はないということなんですよ。
  もっと丹念に見てちょっとした変化も見落とさない様にという、そういう気持ちを持ちながらやってます。」

福本さんは採取したサンプルをすべて冷凍保存しています。
現在の科学では解明できなかった事も、将来再検証できるようにしておくためです。

福本 「残っていたものを使って技術進歩によって、いくらでも本態解明に迫れるんですよね。
  長い視野、大きな見地から研究を続けることが大事だと思うんですよ。」

福本さん達が集めたサンプルには、原発事故で被曝した牛や豚など、およそ400頭分も含まれています。
ここで映像は突如福本研究室の引越し風景となり、研究室内の保存機器が業者によって運び出されるシーンにこの様なナレーションが流れます。
[東北大学 2016年2月]
ところが、その貴重なサンプルの保存が危ぶまれています。
今年3月、東北大学を定年退官した福本さん、分析を引き継いでくれる研究機関が見つかっていないのです。
今後一年のうちに新たな引継ぎ先が見つからなければ、廃棄処分になりかねません。
電気代だけでも、年間300万近くかかるからです。
今は科学者が独自に行っている原発事故による生物への影響の研究、国がもっと主体的に関与しなければ継続できないと福本さんは考えています。

福本 「研究事業について やる気を持続する人が安心してできる状況をつくらないといけない。
  これはやっぱり、日本の国というものに対して問われているんじゃないかという気がするんですよ。」
そして場面は切り替わり、再びツバメ研究者のムソーさんの研究風景が映し出されます。
チェルノブイリで15年、福島の汚染地帯で5年、生き物の研究を続けてきたムソーさん。
時が経つにつれ人々の関心が薄くなり、研究を続けにくくなる事に危惧しています。

ムソー 「福島での調査は絶対に続ける必要があります。
  しかし5年経ち、人々は原発事故を忘れ始めているのではないでしょうか。
  低線量被曝の本当のリスクを知るためには、基礎的な研究を続けていくことが重要なのです。
ここに来て、プロローグで語られた言葉がようやく登場します。そしてこれこそが、今回の番組のテーマであったと気付かされます。
放射能被曝の影響を調べるには長い時間が必要であり、そのためには結果をあせらずに地道な基礎研究を積み重ねていかねばならぬ事、そしてそれは科学者一人だけの力では不可能であり、より多方面からの協力が必要である事がここで理解出来る訳です。

この後番組は、汚染地帯で現在も行われている検証作業の紹介となりますが、それはどれも初めて知るものでした。
(44:20)
2015年10月、川内村では日本原子力研究開発機構が、土壌から染み出た水に含まれるセシウムの分析研究を行い、土壌からの分析では、1年間に流れ出すセシウムはおよそ0.1%で、99.9%は森の土壌に留まり続ける事が確認されます。

     

しかしその分森は汚染されたままになっているとして、番組では次に横浜国立大学金子信博教授が行っている、菌糸による除染実験を紹介します。
これは、木材チップに含まれる菌糸が土壌のセシウムを吸収する性質を利用するというものです。
金子さんの実験では、1年かけて土壌に含まれるセシウムの7%が木材チップに吸収されました。他にセシウムの吸収実験が行われたヒマワリなどと比べると、その効率は100倍以上。

金子さんが提案する新しい除染の方法。
森林を間伐して作った木材チップを地面に敷き詰め、菌糸が自然に成長するのを待ちます。



菌糸の力でセシウムを木材チップに吸収させた後、取り除きます。
これを繰り返して、放射性物質物質を減らせます。
そして番組では、金子教授が川内村で大規模な実証実験を行っている姿も紹介します。


金子 「土の中の生き物の働きをうまく使うと除染できるのではないかと考えて提案しました。
  森林が再生しつつ少しずつではあるが、除染をしていく方法をとるべきだと思います。」
そしてエンディング。
2016年1月、福島大熊町の海岸を歩く科学者の姿と、飛来してくる白鳥の姿を映しながらナレーションはこう語り、番組は終ります。
福島第一原発から3キロ、津波の傷跡が残る所に、今年もある生き物が帰って来ました。
ハクチョウです。
数千キロ離れたシベリアから毎年やってきて冬を越します。
科学者達は生き物を通じて放射線の影響を見極めようとしています。
そして帰還を目指す住民達に対して何が出来るのか、模索を続けているのです。


今回の「被曝の森」はNスペ版と違い、汚染と向き合う研究者の姿そのものにスポットを当てていました。
そして放射線が森の生き物達にどう影響しているか、その確信を得るにはまだまだ時間がかかるという状況である事も示され、その研究の課題や研究者自身の「思い」も確認する事が出来ました。
そして私が興味深く感じたのは、同じ映像ソースを用いながら、作り手の捉え方でこうも違う内容になるのかという、まさに「編集の怖さ」でした。

それが端的に現れたのが、あのプロローグの研究者の引用部分です。
Nスペでは
 「福島ではチェルノブイリと同じ現象が見られる」
BS1
 「基礎的な研究を続けていくことが重要」
前回は「放射能汚染状況」に、今回は「研究者の思い」に視点が置かれている事が分かります。
取材で得た映像やデータからは、それだけで放射能の影響を見極める事は困難であった事が分かります。
にもかかわらず、そこから無理やり結論を導こうとするあまり、意図的に当該部分ばかりを抜き出して編集した結果、たとえそのつもりがなくとも結果的に不安煽りの内容に変貌してしまったのがNスペ版であったと言えます。
時間的な制約はあったでしょうが、今回この様な形で放送出来たなら尚の事、なぜ前回の時にこう作れなかったのか残念に思います。
また今回のBS1版でも、取材時点で無理があった箇所などがそのままだったのは残念な所でした。
同じ素材を使用するという条件で行ったためなのか、或いは(教授の退官など)その後の状況でそれも叶わなかったのか、と、自分としてはここは善意に解釈したいと思います。
今回放送先はBS1ではありましたが、敢えてこの様に新たに再編集した形で公開した事に、自分はNHKの良心を感じます。
この番組はもっと追加取材をし、まずかった箇所も手直ししてから地デジで流し、多くの人に見てもらいたいと感じたドキュメンタリーとなっていました。





それにしても、あのタイトルと音響効果だけは何とかしてもらいたい…。




※ 後編の「無人の町はいま」については以前抱いた感想と同様ですのでここでは触れませんが、私と同様に感じた方のブログ記事がありましたので、ここで紹介させていただきます。

・ブログ『鷹の爪団の吉田くんはなぜいつもおこったような顔をしているのか』より「原発事故5年目の記録「無人の町」にすむ野生動物たち」l