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マイエンザはなぜ効くのか

環境問題への関心の高まりと共に、全国各地で様々な環境浄化運動が行われています。
その中には微生物資材を用いた河川浄化運動というものがありますが、そのやり方を巡り専門家と環境団体とで賛否が分かれています。
それは学校教育の現場でも同様で、微生物資材に詳しい教師がいないために、考えもなしにただカタログ通りに使用しているだけの、とても教育とは呼べない事例も中には見受けられます。

そんな中、微生物資材とどう向き合えば良いのかとても参考になる事例を見つけましたので、今回はそれを紹介していこうと思います。

舞台は静岡県浜松市。ここにある湖としては全国的に浜名湖が有名ですが、その隣に「佐鳴湖(さなるこ)」という小さな湖があります。
  
ここは周辺地域の急激な開発の影響で年々水質が悪化し、2001年には水質調査で全国ワースト1になってしまったという湖でもあります。
この環境を改善しようと、周辺では様々な水質浄化活動が行われ、また多くの水質改善方法が検討されていますが、その中で微生物資材の利用を考える学校がありました。
それは浜松北高校地学部の生徒達(以下「彼ら」と呼称します)で、彼らが水質浄化作用に注目したのは、スーパー等で買える食材で作る環境浄化材「えひめAI」(後に「マイエンザ」に改名、以下「マイエンザ」と呼称します)でした。

2007年(平成19年)、この年佐鳴湖水質浄化の研究の中で彼らはマイエンザの存在を知り、浄化実験を行った結果水質汚染物質の除去に大きな効果がある事が確認されますが、分析項目によっては逆に水質を悪化させる場合もある事を知ります。
その原因は、まずマイエンザ自身がリンを含む有機物であるという事、そして彼らがマイエンザ自体が汚染物質を取り込むと思い、使用した湖水の量に対して必要以上に多くの量を加えてしまったからでした。
やがて彼らは、マイエンザというのは単独では効果はなく、水中の微小生物(原生動物)を活性化させてその食物連鎖で水を浄化するという、「微生物の栄養ドリンク」である事を知ります。
そして、原生動物がほとんど存在しない湖水では効果がなく、湖岸のヨシ群落の根元の、原生動物が多く存在する湖水では汚染物質が減少される事を実験で確認します。
  
 (参照PDF

ここで通常ならば、マイエンザの投入で効果があったからそれを湖に直接投入、という流れになりそうなものですが、ところが彼らはそんな短絡的な思考にはなりませんでした。
彼らはそこで、「なぜ?」と考えたのです。
ここから彼らとマイエンザとの、長い付き合いが始まる事になります。

翌年の平成20年、彼らは今度はマイエンザの添加により原生動物がどう変化するかの実験を行います。
湖水にマイエンザを添加すると、確かに原生動物の個体数及び呼吸量は増加し、そして水中の主な汚濁物質であるリン酸態リンが減少する事を実験で確認します。
こうして彼らは、マイエンザは原生動物を活性化させ、それによって汚濁物質の吸収を促すとの結論を得ます。
尚且つ、マイエンザの材料である納豆菌・乳酸菌・酵母それぞれ単独の浄化能力も比較し、個別の菌よりも3種合わせて培養したマイエンザが一番効果がある事も確認します。
   
 (参照PDF)  
ではなぜマイエンザを入れると原生動物が活性化するのか、3種混合の発酵で何が起きているのか、ここでまた新たな疑問が浮かび、次の実験に進む事になります。

平成21年、この年はマイエンザがなぜ原生動物を活性化させるのかを検証します。
ここで彼らはマイエンザの開発者である曽我部義明氏のアドバイスにより、マイエンザ中のアミノ酸が原生動物の活性化に関係しているのではとの仮説を立て、原生動物のアミノ酸吸収の模様を、ニンヒドリンの添加実験で確認する事にします。
そしてこの実験結果から彼らは、原生動物はマイエンザ中のアミノ酸を吸収して活性化する事を確認します(参照PDF)。
ここでまた、新たな疑問が浮かんできます。
では原生動物を活性化させるこの「アミノ酸」とは、一体何なのかと。

平成22年、今度は彼らはマイエンザ中のアミノ酸の同定作業にかかります。
しかしこの作業は流石に彼らの手には負えないので、これだけは専門機関で分析してもらう事となります。
その結果、マイエンザ中のアミノ酸は18種類で、特にグルタミン酸アスパラギン酸、リジン、ロイシン、プロリンが多い事が分かります。
この5種の中から1種を原生動物に添加、3種混合添加、5種混合添加という実験でリン酸態リンの吸収効果を試験し、5種混合添加で最も効果が大きい事を確認します。
これらの実験より、原生動物の活性化がマイエンザ中で作られるアミノ酸によるものと判断出来るとの結論を得ます。
(参照PDF)(参照サイト)(※実験資料が見当たらないので総説のみ)

平成23年、この年は擬似家庭排水装置を作成し、味噌汁などを排水として流してリンの吸収効果を調べ、マイエンザの実用化作を考えます。
またマイエンザに含まれるアミノ酸の添加により、原生動物が活性化してリン酸態リンが吸収される事を確認する再現実験を行い、マイエンザ添加による原生動物の活性化をアミノ酸添加から確認します。
 (参照PDF

しかしまた、マイエンザ中には様々な菌達も存在しています。それらは原生動物の活性化には何も寄与していないのでしょうか?

平成24年、彼らはマイエンザ中の菌を同定し、真正細菌ではラクトバチルス属とエンテロコッカス属の乳酸菌が存在し、これらが真正細菌の90%以上を占める事を確認します。そしてこれらの乳酸菌が、原生動物を活性化するかどうかの実験を行います。
結果は乳酸菌自体は原生動物を活性化せず、やはりマイエンザの培養過程で作られる有機酸を原生動物が取り込んでいる可能性が高いと判断される結果となります。
合わせて実用化に向けた取り組みとして実際の家庭の排水を採取し、マイエンザ添加によってリン酸態リンの減少も確認します。
 (参照PDF

そしてこれらの結果については、「科学技術振興機構」の「科学部活動振興プログラム」の『年次報告最終報告書(ID101122)』の中で以下の様に述べられます。

リン酸態リンの吸収はマイエンザ中の微生物が行うのではなく、微生物が作るアミノ酸を原生動物が取り込む事で、リン酸態リンが吸収されやすくなることが判明し、マイエンザは原生動物の栄養ドリンクとしての働きをしている事が科学的に検証できた。
家庭排水口の原生動物が活性化できれば、排水中のリン酸態リンを河川に流入する前に減少させることができるという根拠が明らかになったことは大きな成果である。

(参照PDF) (強調は引用者による)


ここで一応の区切りが付いたと思われましたが、ところが彼らの研究はさらに続きます。
平成25年、彼らはそれまでの実験結果の確認のためのさらに詳しい実験を行い、リンの浄化効果を再確認します。
さらにマイエンザ製造過程でのその材料である納豆菌・乳酸菌・酵母菌の相互作用を調べ、
その結論としてマイエンザの発酵過程というものは、

納豆菌が砂糖を分解→酵母菌がその砂糖を使ってアミノ酸を合成(and)水道水中の雑菌が砂糖で増殖→pH下がり溶液は酸性に→酵母菌減少→乳酸菌が乳酸を産出→雑菌死滅→酵母菌増加→アミノ酸増加

という経路を辿ると考察し、アミノ酸生成のメカニズム解明に迫るのです。
    
 (参照PDF

ネット内で確認出来る彼らの活動記録はここまでですが、教育として微生物資材とどう向き合うべきか、彼らの歩みが大きなヒントを与えてないでしょうか。
環境浄化という問題を考える時は、自然の生業はとても複雑で、解決のための簡単な答えや方法などはないという事をまず知るべきです。
しかし自然のメカニズムを知る事により、より正しい方向への道筋を付ける事は可能です。
そのためには、目の前の事象に絶えず「なぜ?」を突きつけ、その疑問の答えを追い続ける事が重要であり、そう導いていくのが教育であると思うのです。

他の学校事例の中には、マイエンザを使ってプール掃除をしているという所もありますが、たとえマイエンザを使っていたとしても、ただ「便利なもの」としてしか使用していないとすれば、それは本来の環境教育とはかけ離れた姿になっていると言えます。
「マイエンザは効く!」、「魔法の水!」と、ただそんな文言ばかりを呪文の様に唱え、記憶に植え付けるのは教育とは言いません。

   『科学』は疑う所から始まり、
   『宗教』は信じる所から始まる。


教育というものが、果たして「宗教」に成り代わってはいないでしょうか。
もしこの事例をご覧になった教育者の方がおられるならば、微生物資材との向きあい方について、今一度再考していただければと望むものです。


(追記)
平成19年の実験でも語られてますが、マイエンザには有機酸であるアミノ酸が含まれており、これは水質汚濁の原因となる全窒素の一成分でもあります。
マイエンザはあくまで家庭内での使用を前提としておりますので、くれぐれも河川への大量投入はお止め下さい(→こちら)。


(参照サイト)
・「あすなろ学習室」より『理科研究論文集』
・「国立研究開発法人 科学技術振興機構」より『中高生の科学部活動振興プログラム』

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