杜の里から

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BS1は福島の甲状腺検査をどう報じたか ~後編~(その1)

後編開始早々、番組には検査で甲状腺がんと診断され、昨年甲状腺を切除したという20代の青年が素顔で登場します。

手術のカルテを示しながら、彼はこう語ります。

青年「また同じところに出来るんじゃないかという不安はありますね。」

そして、194人中155人が甲状腺切除の手術を行なった事や、すべての人を対象とした今の検査は心身への負担が大き過ぎるとして見直しや縮小を求める声、過剰診断に憂慮して検査の見直しや縮小を訴える医師、検査継続を訴える家族や医師のインタビュー、苦悩する検討委員長の姿などが4分間のダイジェスト映像として紹介され、ナレーションの後、後編本編は始まります。

原発事故7年目の甲状腺検査、深まる混迷の根源に迫ります。

本編ではまず、冒頭に登場した青年が再び登場し、切除したがんの写真などを示しながら、術後の体験やがんになった時の心の内を語ります。

青年 「実際がんになると分かるんですけど、自分の中にがんがあるというのはすごい嫌な状況なんですよね。また同じ所にできるんじゃないかという不安はありますね。」

次に番組では、がんと診断された子どもや保護者へ行なったアンケートが紹介され、多くの人ががん切除後体調不良を訴えている事を紹介します。

   

そして原発事故後、福島県が始めた38万人を対象にした甲状腺検査で次々とがんやがん疑いの子どもが見つかり、その数の多さに関心が高まっていると述べます。

   

一巡目で見つかったがんについては、検討委員会では被ばく線量が小さい事を理由に「放射線の影響とは考えにくい」としていますが、一方がんの多発見の原因として、前編で説明された「過剰診断」が疑われ、それにより不要だったかもしれない手術が行われた可能性が指摘された事を番組は紹介します。
そしてここから、今回のテーマである「混迷する甲状腺検査」の実情が語られていきます。

こうした中、去年8月、ある動きが注目を浴びました。
福島県の小児科医で作る団体が甲状腺検査の見直しを求める要望書を、県に提出したのです。

ここで、過剰診断による不必要な手術が行われている可能性を重く受け止め、甲状腺切除による体調不良を懸念し検査を見直すべきと言う、福島県小児科医会会長の太神和廣氏が登場します。

太神 「実際に手術を受けた場合には、その後一生背負っていかなければいけない事が生じてきますので、本当に子ども達の将来のためになるのかどうなのかと。」

実は、甲状腺検査には弊害があるとの報告がこの数年世界各地でなされています。
日本のがん検診制度に関わる、大阪大学祖父江友孝さんです。世界各国のがん検診制度やその有効性について研究しています。
祖父江さんが示したのは、今年アメリカの予防医学専門委員会が発表したガイドラインです。
成人の甲状腺検査について、有害性が大きいとされていました。


祖父江 「ここがDですね。Dというのは明らかに不利益が利益を上回るから、やらない方がいい、やらない事を推奨しますという意味ですね。



生存率が改善するとか、死亡率が減少するという証拠がないと思いますね。」

そしてこのガイドラインの根拠の一つとなった、1999年から韓国で行われた甲状腺検査の結果の報告となります。
韓国では検査によって甲状腺がんが急増し、ほとんどの人が手術を受けますががんで死亡する人の割合に変化はなく、増えたがんは命に危険のない潜在がんがほとんどで、不要な手術を招いたと評価されている事を紹介します。



甲状腺の集団検査は不要な治療を増やすと考える祖父江さん。福島では被ばく線量が小さいため、検査を行う事は弊害の方が大きいと言います。

祖父江 「どんどんがんの患者さんが見つかって蓄積されて、『放射線の影響じゃありません』『じゃあ何だったんですか』という事になりかねないですね。
 できるだけ僕は縮小の方向の方がいいと思います。」

そして場面は2016年9月に行なわれた「福島国際専門家会議」の場となり、海外の専門家からの否定的な意見が次々と紹介されます。

インペリアル・カレッジ・ロンドン ジェリー・トーマス教授
 「甲状腺検査の不利益を取り去ることができるのか考えなければならない。(翻訳、以下同様)」
放射線防護測定委員会 ジョン・ボイス委員
 「スクリーニング(検診)はリスクを増やす、そのことに疑いの余地はない。」
高麗大学 アン・ヒョンシク教授
 「福島では過剰診断のリスクがある。それがこの検査の最大のジレンマだ。」

この会議を主催した日本財団は去年12月、提言書を福島県に提出しました。
「自覚症状のない人達に対する検査は不利益が大きい可能性がある」と指摘、「過剰診断の可能性を考慮し、被ばく線量が高かった人達など限られた対象に絞るべき。」といった意見を示しています。


ここから、この見解にとまどっている、伊達市の「母親達の会」の3名の母親達の会話シーンとなります。
母親の一人は子どもが甲状腺がんになり、事故当時現地に留まった事に対して今でも自責の念にかられています。

母A 「甲状腺の病気が出るのが今なのか、すぐ出るものなのかどうかって事がまず分からない。」
母B 「最初は「A1」だったので何もなかったのに、急にA2を通り越して「B」になったって事は、何かあったのかなってすごく思うよ。食べ物かなとか。」
母A 「あの時出ればというのはいつも思いますね。」
母C 「今だって私も思うよ。あの時出てればって。なんで勇気がなかったんだろうって。そんな仕事なんて全部ほっぽり投げて逃げればよかった。」


未だ拭えない子ども達の健康への不安。過剰診断の可能性について理解していますが、検査の継続を望んでいます。

(問) 「デメリットがあったかと思うんですけど、そういうのがあってもやっぱり受けさせたいと思いますか?」
母A 「はい。結局経過を見ていけば安全だったりする訳じゃないですか。
 でもその経過を見れなかったためにがんが進行してたっていう事になるのは嫌なので、やっぱりちゃんと現状を知りたいなって気はします。」
母C 「もし問題があったとしたら、早急に治療をしたい。未来を明るいというか、生きやすい様に。私が責任取らなくちゃいけないので。
 私は原発の事故と子ども達と向き合っていかなければいけないと思います。 試練ですよね。」

そして福島県内の保護者へのアンケート結果が紹介されますが、対象の人数は240人、県内のどこのどういう人に対して行われたのかは何の説明もありません。

去年から今年にかけて、福島県内の保護者を対象に研究者が行ったアンケートです。
超音波検査によって、潜在がんが多数見つかる可能性について、75%の人が知っていたと回答しました。



検査を今後も続けるべきかという質問には、「続けるべき」「続けてほしい」という回答が75%、多くの保護者が検査による弊害の可能性を理解しつつ、継続を求めています。


そして、「過剰診断」という言葉に不信感を持つ、2家族の保護者のインタビューとなります。

この夫婦の子どもは、4年前にがんと診断されました。今も体調不良が続いていて、過剰診断という言葉でくくられる事に不信感を抱いています。

母親 「無駄な手術だって、もしもそのまま放っておいたら子供はどうなのかなって。」
父親 「早期発見、早期治療という部分でいち早く見つけていただいて早く治療していただいた方がいいと思うので、本当に悪くなってから見つかってしまうと大変な事なので、検査縮小はしないでいただきたい。」


一方、十代でがんと診断された子どもの母親です。
もし過剰診断で、必要のない手術をされたのなら、初めから検査などしないでほしかったと憤っています。


母親 「元の体には戻ってこないんですね。ささいな風邪でも治りが悪く、人の3倍も5倍もかかるんですね。一生死ぬまでそれと向き合って付き合っていかなくちゃいけないんです。
 私は恨んでいます。どうして検査をしたのか。どうして手術をしなくてはいけなかったのか。検査さえしなければ、がんが見つからなかったでしょう。一番訴えたいのは、元の体を返して下さい、それだけですね。」

ここから、不要な手術を避ける方法の模索と、子どもの甲状腺がん診断の困難さについて番組は迫っていきます。
まず登場するのが、年間およそ1000人の大人のがんを診断しているという、隈病院の宮内 昭院長です。

大人の甲状腺がんの場合、すぐには手術する必要がないものも少なくないと言います。
この病院では、大人の甲状腺がんについては、しこりが1センチ以下で、転移がないなどの場合、手術せずに経過観察する事を薦めています。

宮内 「小さいがん、微小がんの9割以上或いは95%ぐらいは危険性の低いがんという事になります。 がんのために亡くなるとか、進行して困った状態になるという事は一人もありません。」

一方、子どもの甲状腺がんは非常に症例が少なく、どのくらいの大きさなら経過観察しても問題がないのか、よく分かっていません。
宮内さんは、子どもの場合進行や転移が早いという報告もあるため、経過観察を薦めるのは難しいと言います。


宮内 「子どものあるいは若年成人の甲状腺乳頭がんと、高齢者の乳頭がんとは性質が違う。なぜ違うのかは分かりませんけど、性質が違うのは間違いない。
 子どもさんについては経過観察は危ういな危なっかしいなと思いますね。」

次に登場するのは、がんになった子ども達を多く診療している、福島県立医科大学 甲状腺・内分泌センター長の横谷 進氏。

横内 「実際に手術してみると、皮膜の外に甲状腺がんがある、そしてリンパ節にがんが見つかることが多数ありますので、どのケースが過剰であって、どのケースはしなくてよかったかすごく分かりにくいと思います。
 現在の医学の中でも、それを一生懸命分かろうとしながら、少し待ちながら大きくなる様だったら手術するとかっていう様な事で、判断しながらやっていくという以外ないんだという事になると思います。」


過剰診断のリスクを理解しつつ、38万人の検査を続けるのか、それとも弊害が大きいと考えて縮小するのか。
福島県が集めた専門家検討委員会では、激論が繰り返されてきました。


国立がん研究センター 津金昌一郎
 「一人でも甲状腺がんで不利益があっちゃいけないと、一生懸命やるのももちろんそういう視点も重要ですけれども、健康な子ども達が受ける不利益もやはりきちっと考えていかないと…。」
広島大学 稲葉俊哉教授(放射線生物学)
 「ローリスクのがんをスクリーニングするという危ない所に手を突っ込んでいる訳です。本当ならこんな事しない方がいいに決まっていて…。」

一方、放射線の影響について結論が出ていない以上、それを明らかにするための調査として、今のまま続行すべきという意見も相次ぎました。

福島大学 元副学長 清水修二
 「この検査というのは非常に特殊な事態の中で、非常に歴史的な意味がある調査になってる訳でありましてですね、これ中途半端に結局どっちつかずだと、データが少ない信用出来ないと、いう事になってしまったら、これは県民にとって大変不幸な事だと思います。」
国立環境研究所特任フェロー 春日文子
 「県民の方自らが最終的に被ばくの影響を判断するためには、検討委員会としては痛みを伴いながらも、はっきりとお願いすべきじゃないかと思う訳です。」

検討委員会では、当面は現状のまま検査を続けるのが妥当とする一方で、どの様な検査のあり方が望ましいのか、議論を今も続けています。

そして冒頭ダイジェストに登場した検討委員会座長、福島県医師会副会長の星 北斗氏の、苦しい胸の内を語るインタビュー映像となります。

星 「見つけもしなくてもいいがんを見つけて、切りもしなくてもいいがんを切ったじゃないかという批判は、確かに少しズームを引いてみれば、そういう風に思うのも理解出来るし私もそういうふうに思う人達がいる事もそして、私の心の中にもそういう思いはあります。
 この検査、あるいは事故そのものの罪の深さというか、影響の大きさを表しているんだろうと思います。」

ここから映像は震災当時の「あの時」へと切り代わり、混迷する甲状腺検査そのものの経緯を振り返っていくのです。

   

(その2)に続く)