杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

続・看板が消えた(Part1)

 (注:内容は8月18日の記事「看板が消えた(追記あり)」とは大きく異なります)

ここに、とある住宅展示場がありました。
そこの看板には大きく「炭の部屋」とあり、その下には「炭のマイナスイオン効果」なるものが図入りで説明されておりました。

   (クリックで拡大)

ここは看板にある「ICAS(アイキャス)」と呼ばれるシステムを取り入れている住宅で、「ICAS」とは「イオンコントロールアダプターシステム(Ion Control Adapter System)」の略です。
この看板が気になり色々調べてみました所、これは2005年に大手住宅メーカーの「積水ハウス」と建材メーカーであった「アーテック工房」との共同研究によるものだったようです(当時の記事より)。
しかしその後積水ハウスはこのシステムから撤退し、「ICAS」は「アーテック工房」単独で行うようになり現在に至ります(この辺のいきさつがどうだったのかは、積水ハウスに尋ねてもはっきりした回答は得られませんでした)。

このシステムは以下に示すように、炭素素材の塗料を塗った壁に「アダプター」と呼ばれる金属棒を取り付け、部屋全体をマイナスイオンで満たすというものなのですが、ここで気になるのが、「プラス」は悪くて「マイナス」は良いという所謂「善悪二元論」というものです。
これは、マイナスイオンがブームとなった1999~2002年頃盛んに言われていたフレーズですが、これについては当時各方面からまっとうな批判(PDF)も行われ、その後2003年の景品表示法の改正に伴い、ブームは収束に向かいました。
しかし、世間ではブームはすでに去ったと思われていますが、実は住宅関連業界ではしっかり生き残っていたのです。

2006年当時、「ICAS」工法を宣伝するページはこのようなものでした。↓
     

この部屋の効果については当時玉川大学工学部で検証が行われ、「血液サラサラ」効果についても確認されたとなっており、当時のWEBサイトでは以下のように宣伝されていました。↓
     

当時の玉川大学の学会論文の資料がありましたのでここで紹介してみます。
2005-03-28 09:00 木炭塗料を用いた室内環境改善による人体への影響 ~ 血液状態・乳酸値・血糖値変化 ~)より。
  ラットを用いた木炭塗料(ヘルスコート)の効力を検証した実験では,プラスイオン環境でも木炭塗料を塗装した環境
  では乳酸を減少させ,脳脂質の酸化を抑え,生体によい効果をもたらすことが示唆された.そこで,本研究では,コン
  トロールグループ(普通環境)と木炭塗料を塗装した環境に,地中深さ 1500mmに埋設した木炭充填金属製円柱成
  形体とを接続したグループ(アダプター環境)の2グループに分け,それぞれの環境に成人女子4名男子7名あわせて
  11名ずつが異なった環境に入った場合の乳酸値・血糖値・血圧および赤血球凝集抑制効果について検証を行なった.
  その結果,アダプター環境ではコントロールと比べ,乳酸値・血糖値を減少させ,血圧の安定効果,および赤血球の
  凝集抑制効果が確認でき,生体によい効果をもたらすことが示唆された
(強調は引用者)     

さてよくよく読んでみますと、実験対象者は各々11名、計22名であった事が分かります。
臨床例としてみた場合、この数は果たして適正だったのでしょうか?
実験期間もどのぐらいであったのか、どういう生活をしたのか(何を食べたか)、また個人差はなかったのか、そして何より重要な「盲検法」は行ったのかなど、様々な疑問が湧いてきます。
そして何より、出された結論はあくまで「示唆された」というだけであり、「効果があった」とするはっきりとした結論は打ち出してはいず、それはこれからの研究課題として残されたままなのです。
それにそもそも研究していたのは「工学部」であり、人体に関する影響についてもどれだけの専門知識が揃っていたのかははなはだ疑問とする所でもあります。
しかし当時はこの論文結果に支えられ、WEBサイトではマイナスイオンは「抗酸化粒子」と銘打ち、数々の利点を紹介する宣伝サイトとなっていました(ちょうど当時のサイトを流用しているメーカーがありましたので紹介します。→こちら)。

さて、これまで紹介してきた図はあくまで2006年当時のもので、本家「アーテック工房」のサイトはその後2007年6月にデザインが変更され、その時点で「マイナスイオン」の表記はなくなり、代わりに「負イオン」と表記されるようになりました。
現在のサイトは3代目で2008年8月に変更され、「マイナスイオン(抗酸化粒子)」という表記は「負イオン(負の帯電粒子)」と改められ、それまで巷で言われていた所の「マイナスイオン」とは差別化を図ろうという意思が感じられます。

それにしても、この「ICAS」工法というものは中々ユニークなものです。
通常ならば何らかの機器によって「マイナスイオン」を〔発生させる〕というシステムが大半なのですが、これは元々存在する空気そのものを負イオン化するというものです。
確かにマイナスイオン発生器などで放出されるイオンというものについては、果たしてそれがどれほどの効果があるのかいまいち信用性に欠けるものです。
しかしこのシステムでは、元々ある空気中の正イオンを壁に吸収し、部屋全体を負イオン環境にしてしまうというもので、この環境下でちゃんとした実験が行われたならば、もしかしたら負イオンの人体に与える影響というものも明らかにされるかもしれないとも思えてきます。
事実、この研究結果は「マイナスイオン応用学会」などでも発表が行われ、日本建築医学協会でもその著書の中で紹介されたりしています。
勿論、これらの団体が果たしてどこまで信用出来るのかはこれからの研究内容を精査してみないと何とも言えませんが、少なくとも科学的手法にのっとった研究を行おうという姿勢は見る事は出来ます。

しかしまた、このシステムには多くの謎があります。
まず、「アダプター」というのが何だかよく分かりません。
これが一体どういう構造になっているのか、散々探しましたがとうとうその仕組みは解明されませんでした。
またこの原理も、一応「地電流を利用」という事ではあるのですが、〔深さ1.5m〕という数字の根拠も分かりません。
また原理図にある、壁全体がプラスイオンを引き付けるというのも、実際はイオン測定器などで計測されているだけに過ぎないのですが、これが果たしてどこまで実証されているのか、またこれが信用できるのかという疑問が残ります。
果たしてこのシステムが本当に有効であるかないかは今後の臨床試験などの結果を待つ他ありませんが、それでも取り合えず本家が「マイナスイオン」の表記と決別した事は、これが単なるブームやイメージの産物ではなく、可能性のある〔技術〕として提示されているという事にはこれからも注目していってもよいのではないかと思います。


しかし本当の問題は、実はこのシステムそのものではないのです。
Part2に続く)