杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

『NEWS23「江戸しぐさ」特集』を見て感じた事

6月25日のNEWS23で、「江戸しぐさ」が特集として取り上げられました。
江戸しぐさ」の偽史性についてはネット内では以前から指摘されていましたが、ようやくマスコミでも取り上げられたかという事でじっくりと見てみました(以下強調は引用者によります)。

特集ではまず「江戸しぐさ」の紹介から始まり、これは〔NPO法人 江戸しぐさ〕が中心となって普及活動が行われている事、小中学校の道徳教育や民間企業で教育・研修の一環として取り入れられ、3年前から中学公民の教科書に掲載され、文科省作成の小学生用道徳教材で推奨され、その教材は今年度は120万冊配布されている事などが紹介されます。
しかし今、この「江戸しぐさ」に疑問が相次いでおり、特集ではその一例として【時泥棒】を紹介します。
【時泥棒】とは、
「江戸の人たちは時間に厳しく、事前の約束なしに相手を訪問することはマナー違反だった」
として、その理由について「江戸しぐさ」の本(商人道「江戸しぐさ」の知恵袋)の中では、
江戸城の大名時計は一分刻みの精巧さだったので、仕えていた武士はもちろん、将軍家御用達の商人たちも時間には正確にならざるをえなかった」
と記述されています。
   
番組では大名時計博物館に取材し、江戸時代の時間は日の長さによって決まり、鐘の音で大雑把に時間を把握していただけで、
「時計は15分から30分くらいずれると聞いている。昔はずれても分からないですよね。今はっきり何時と言えないですから。」
という上口翠館長の意見を紹介し、さらに国立科学博物館の鈴木一義研究員の言葉として
   
というコメントを紹介します。

偽史研究科として登場した原田実氏は、江戸しぐさは実際の江戸の町人の暮らしと大きく矛盾すると指摘し、「傘かしげ」のおかしさを指摘します。
   

そして「江戸しぐさ」には、
 ・ 子どもの前ではたばこを吸わない
 ・ 直接見聞きした話以外しない
 ・ 第六感で地震を予知する人がいた
などと、素人が聞いても首をかしげる様な内容も紹介されますが、それらを示す歴史的史料の有無について『NPO法人江戸しぐさ』では
「『口承』の文化であったため、歴史的史料が存在していない
とし、〔NPO法人 江戸しぐさ〕の越川禮子名誉会長によると
明治維新の際、官軍に江戸っ子が虐殺され、江戸しぐさは歴史の闇に葬り去られた」
と主張し、本の中の、
「江戸っ子狩り」は嵐のように吹き荒れた。
 ベトナムのソンミ村、アメリカネイティブのウーンデットニーの殺戮にも匹敵するほどの血が流れたという話もあながちうそではないかも知れない。」
という一節が紹介されます。
これに対し法政大学の田中優子総長はこう語ります。

   
さらに「虐殺する理由がないのでありえないと思う」
と続け、江戸しぐさについては

   
と手厳しいコメントが語られます。
一方『NPO法人江戸しぐさ』は、番組が指摘した疑問には回答せず、
「伝承された内容を『伝承』として正しく伝えることで、思いやりの心の種に水やりをする事を目指している。」
として、
「講演や講座などでは、伝承であると必ず伝えている」
とコメントします。
そして教科書の採用については
「出版社などの関係者から一切問い合わせなどなく驚いている」
と言い、そのコメントには思わず見ているこちらも驚いてしまいます。
   

道徳の教材に採用した文科省
「歴史的事実として教えるものではなく、礼儀やマナーを考えるきっかけになればと作成した」
と述べ、こちらでも

   
との驚くべきコメントが紹介されます。
そして文科省では「来年度以降は改訂を検討している」と回答し、出版社も来年度からは掲載しない決定をした事が述べられます。

最後に田中優子総長は、
教科書検定の際には事実かどうか研究者にヒアリングするプロセスがあるはずだが、なぜこれに限ってはないのか
と指摘し、

 
と締めくくって特集は終わります。
紹介した通り、予想したよりもかなり詳しく突っ込んだ内容になっており、「江戸しぐさ」を初めて聞いた人にとっても、その問題性が理解しやすい内容であったと思われます。

ただ私が気になったのは別にあって、特集のはじめの方で町行く人に「江戸しぐさ」を尋ねる街頭インタビューがあるのですが、そこに登場した若いカップルが、スタッフが差し出す「江戸しぐさ」の項目を見て、
「全部分かる」
といとも簡単に答える場面がありました。
   
そして特集を終えての膳場貴子キャスターと岸井成格(しげただ)アンカーとのスタジオトークでも、

膳場  「学校で習っている世代の人達、本当によくこれ浸透しているんですよね。教科書に掲載されるとこんなに浸透するんだと、そんな所にちょっと感心したりするんですけど。」
岸井  「ちょっとびっくりしましたよね。 まあいいマナーとして伝える事は重要なんだろうと思うんですよ。
 ただ教科書に載せるという事になれば文科省は、伝承内容だけを伝えるんじゃなくてやっぱり事実関係をしっかり確認する必要がありますね。
 しかも道徳の教科書だからと言って歴史的に検証していないというのは、あり得ない話と思いますね。」
膳場  「無責任ですよね。」

という会話がなされて特集が終わるのですが、これ、実は自分達がとっても怖い事を言っていた事を自覚してるのでしょうか。

「教科書に掲載されるとこんなに浸透する」

では間違った事が載ってしまったら?
これって「感心してる」場合なのでしょうか。「ちょっとびっくり」というレベルなのでしょうか。
江戸しぐさ」は3年も前から教科書に載っていて、ある一定層の世代にはすっかり定着している訳で、しかもそれが彼らにとっては正しい歴史感となっている訳です。
教育というのはある意味「洗脳」と同じ事とも言えると思います。それは使い方を一歩間違えれば、子供達をあらぬ方向へ誘導する事にもなってしまいます。
その怖さ・深刻さが、キャスター達のあの軽い会話からはまるで感じられません。
「道徳の教科書だからと言って歴史的に検証していないというのは、あり得ない話と思いますね。」
というコメントがありますが、
「道徳の教科書だから」
と思っているのは、当のテレビ局の人達ではないでしょうか。

江戸しぐさ」についてはネットではかなり以前から問題が指摘されており、今回テレビで特集が組まれた事は一歩前進とも言えますが、テレビ局の受け取り方をみると、所詮「一部の話」程度の認識でしかないという印象を受けます。
特集を作ったスタッフはかなり時間をかけて検証を行った姿が見られますが、受け取る側がこの程度の認識では、一生懸命作ったスタッフはさぞかしがっかりしているのではないかとも思ってしまいます。
テレビ局の中の人には、知らぬうちにじわじわと広がり、気が付けば周りが侵略されている、そんな怖さをもっと実感してもらいたいものです。


一視聴者の立場から今回の特集を見ましたが、これから新たな疑問もまた浮かんできます。
特集の中で田中さんも仰っていましたが、
 「ヒアリングするプロセスが、なぜこれに限ってはないのか?」
 「教科書に載せる項目を決めてるのは一体誰で、その選考基準は?」

そして今、もっとも知りたい疑問がこれです。
 「「江戸しぐさ」を教えていた先生達は、今日の特集を見てどう思ったか?」

何だかんだ言っても、やはりテレビの影響力は大きいものです。
この機会に、世間に流布するおかしな言説、学校現場で行われているおかしな授業など、どんどん発掘して取り上げてもらいたいと願うものです。

(参考サイト)
・「NAVERまとめ」より『偽史・大型お笑いトンデモ「江戸しぐさ」』
・「togetter」より『#江戸しぐさ ()祭り in #news23』
・「YAHOO!ニュース」より『「江戸しぐさ」はやめましょう。:何が問題か。なぜ広がったか。』