杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

学会はもっと吠えるべし

2月22日、NHKの人気番組「ガッテン!」で、『最新報告!血糖値を下げるデルタパワーの謎』とのタイトルで、あたかもある睡眠薬が糖尿病に効果があると誤解させる様な放送がなされました。
この件はネット内では翌日すぐにまとめられる程の問題として取り上げられましたが(→こちら)、今回は医療関係者からも多くのクレームが沸き起こり、その後NHKは自社サイトにて訂正・謝罪文を掲載する事となります(→こちら)。

今回注目すべきは関係学会からの批判声明が早い段階で提出された事で、今回の放送内容については「日本睡眠学会」と「日本神経精神薬理学会」が連携し、週明けの2月27日(月)に批判の見解文がNHK宛に送られ、その内容もWEBで公開されました(いずれもPDF、本文内容は同じ)。
「平成29年2月22日(水)に放映されたNHK番組「ガッテン!」の内容に関する一般社団法人日本睡眠学会としての見解 」
「平成29年2月22日(水)に放映されたNHK番組「ガッテン!」の内容に関する⼀般社団法人日本神経精神薬理学会としての見解」

その見解の中では、

番組の後半で、睡眠不足を解消することによってデルタパワーが増加するかのような説明がありましたが、番組内で引用されていた科学研究論文の内容と全く異なっており、完全な誤用もしくは捏造と言わざるを得ません。

と、文面からも怒りが感じられるほどのきつい表現で批判が綴られています。
これらの経緯については、27日までの時点でネット内ではすでに詳しく報じられていますが(→参照)、東京都や厚労省までも動き出して結構な大事となった事で、ようやく新聞にもこの一件が報じられる事となります。

(2月28日付け 河北新報朝刊 16面より)(強調は引用者による)
「ガッテン!」誤解招く表現
  厚労省NHKに注意
NHK健康番組「ガッテン!」が糖尿病の治療に睡眠薬を直接使えるかのような表現をしたとして、厚生労働省NHKに口頭で注意したことが27日分かった。日本睡眠学会と日本神経精神薬理学会も、放送内容に異議を申し立てる見解を発表した。
 NHKは同日までに、行き過ぎた表現で誤解を与えたとして謝罪した。
 22日放送の番組は「最新報告!血糖値を下げるデルタパワーの謎」と題し、睡眠障害を改善することで血糖値も改善したとのデータを紹介した。
 厚労省医薬・生活衛生局によると「薬の不適正な使用を助長し、医療現場に混乱をきたす恐れがある」として注意した。
 27日発表した両学会の見解によると、糖尿病に対する睡眠薬の処方は認められておらず、番組が取り上げた睡眠薬は血糖降下作用が確認されていない。両学会は「患者に過大な期待を持たせ、医療現場の混乱を招いた」と批判した
 また睡眠不足を解消することで脳波の指標の一つ 「デルタパワー」が増えるかのような番組の説明は、引用された科学研究論文の内容とは全く異なっており「完全な誤用か握造と言わざるを得ない」としている。
 NHKは3月1日の同番組でおわびと説明を行う予定としている。

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そして3月1日の「ガッテン!」の冒頭の3分間、番組内で謝罪と訂正が行われました。

www.j-cast.com今回の一件はネット内では放送当日から囁かれ、週明けの段階で学会からの批判見解も発表されるに至って各新聞などの文字媒体で詳細に報じられましたが、私が気になるのは、この騒動を肝心のテレビ局ではどこも報じていないという事です(私自身見落としていたかもしれませんが)。
まるで他局の番組内容に関する事は触れてはいけないという不文律でもあるかの様に、民放各局はこの騒動をニュースで取り上げる事などせずに、しかも本家本元であるNHKですら、自社の番組に対して都や厚労省までも動いたというのに、ニュース報道では「ガッテン!」のガの字も取り上げず、まるで「なかった事」の様に無視し続けました。

3月1日に謝罪放送をするからという事で敢えて取り上げなかったのかその辺の社内事情は分かりませんが、今回の騒動を見ていると、民放も含めたテレビ局全体が、情報を提供する側としての自覚があまりにもなさ過ぎると思わざるを得ません。

ここに興味深いデータがあります。
昨年12月にジャストシステムが10~60歳代の男女1320人に、「メディアリテラシーに関する実態調査」というアンケートをした結果、「信頼している」の項目で新聞を抑えてトップとなったのは何とNHKのテレビ」だったのです。↓


  

(記事はこちら
そして、今年3月1日の記事によりますと、10~18歳の子どもに「一番信頼している情報源」を聞いたデジタルアーツのアンケートでは、ネット系の情報源を押さえ、トップとなったのはここでも「テレビ局」でした。

  
(記事はこちら

この結果はつまり、これほどネットが浸透した現在でも、テレビの影響力は依然大きいという事を示しています。

しかしよくよく考えてみれば、テレビ局というのは確かに伝える事(広報・伝達)に関しては技術的にも専門のプロ集団ですが、これほど信頼されている割には、伝えている内容自体についての認識は素人なみなのです。
特にバラエティ系の番組となるとそれが顕著で、確かに素人目線で語る分かりやすさと面白さはありますが、同時に番組自体が素人が陥りやすい落とし穴に嵌る危険もあり、今回「ガッテン!」は見事それに嵌ってしまった訳です。

今回の様な事例はNHKのみならず民放でも過去幾度もあり(代表的なものとしてはこちらが有名ですが)、ためにテレビ局全体が批判の矢が自分の所に向けられるのを恐れ、今回の騒動を見て見ぬふりをしたのではないかなどと、つい穿った見方をしてしまいます。

こういう事例を見るに付け、テレビ局は果たして、「学会が動いた」という事をどの様に捕らえているのかと考えてしまいます。
世間から見れば学会とは、専門家や研究者達の集う所、つまり「知の集団」と捉えられていると思います。
でも中の研究者一人一人は普通の「人」であり、その人個人が行う批判はあくまで「専門家個人の一意見」止まりですが、知の集合体である「学会」としての批判は、個人の批判とは比べものにならぬほどの「重み」となります。
「学会」さえも動いたという事は、その内容が本当に見過ごす事が出来ぬほど深刻なものであったという事を意味します。事実今回、医療現場では睡眠薬を所望する患者が急増し混乱が起きました。

元々「学会」というのは、研究者達の研究発表や情報交換の場という、言わば「内輪の会」という存在でした。
しかるに現在では、学会員の方自身はその様な意識はないかもしれませんが、「学会」というのは間違いなく一つの「権威」として認められています。
事実その権威を利用するため、怪しい商品の宣伝ではたまに「○○学会で発表」などという文言が踊る訳です。

しかし昨今、様々な情報の氾濫により、世間や教育の現場では誤った言説がまかり通っており、それにテレビ番組が輪をかけるという事態も多々見受けられます。
先に紹介したアンケートでも一番信頼を寄せている情報源がテレビなのですから、そのテレビで誤った情報が流布された時は、「専門の学会」が率先して声を上げるという事がより重要となります。
そしてこれこそが、学会が一つの「権威」として社会に果たす大きな役割であり、研究者集団としての責任ではないかと思うのです。

そしてテレビ局を含めたマスコミはこの学会からの提言や批判を「教え」として捉え、それを広く世間に正しく伝える事、これこそが再び過ちを繰り返さない教訓となるはずです。

最近では、多くの学会が共同で提出したこんな事例があります。
(2016年4月18日)
ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)接種推進に向けた関連学術団体の見解」(PDF
注目すべきはここに署名した学会・団体の数で、

・日本小児科学会
・日本小児保健協会
日本産科婦人科学会
・日本小児科医会
・日本保育保健協議会
・日本感染症学会
・日本呼吸器学会
・日本渡航医学会
・日本耳鼻咽喉科学会
・日本プライマリ・ケア連合学会
・日本環境感染学会
・日本ワクチン学会
・日本ウイルス学会
・日本細菌学会
・日本臨床ウイルス学会
・日本産婦人科医会
・日本婦人科腫瘍学会

と、全部で17団体にも上ります。
ではマスコミは、これほどの学会が共同で提出したという事の重要性をどこまで深刻に受け止めたのでしょうか。
私は未だ、HPVワクチン問題を真正面から取り上げたテレビ番組を見た事がありません。

またそれとは逆に、福島第一原発事故後、テレビ局では様々なドキュメントや特集番組が作られました。
中にはその演出などで、あからさまにただ不安を煽るばかりのものや明らかに認識不足によると思われるものもありましたが、こういう番組に対して放射能関連の学会からクレームが付いたという事例を私は知りません。

その放送内容が自分達の研究事実と大きくかけ離れていたり、或いは社会に誤解を与える様な内容であった時、学会は学会の責任として即座に大きな声を上げるべきです。
そしてマスコミは恐れる事無くそれを「客観的事実」として伝え、受け取った批判は自らの糧とする、これこそがマスコミ本来の「責任ある行動」だと私は思います。

情報化が進み、ネットが若年層まで浸透した現代こそ、「学会」の果たすべき社会的役割はますます大きくなっているという事を学会員一人一人はよく自覚し、ここぞという時はどんどん吠えてもらいたい、そう感じた今回の騒動でした。


(※ 「科学」とか「学会」などと名乗る宗教集団がありますが、この記事ではあくまで「学術的学会」のみを指しています。)