杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

Nスペ「38万人の甲状腺検査」を見て思う事

昨年末の12月26日、NHKスペシャルで「38万人の甲状腺検査」という番組が放送されましたが、それを見て以来、正月が過ぎてもずっとモゾモゾした感じでおります。

見終わった直後の感想は信夫山ネコさんとこに投下いたしましたが、その後今度は検査当事者である「放射線医学県民健康管理センター」から番組に対し、誤解を招く内容であった旨の意見が述べられるという流れとなりました(→こちら)。

今年に入ってからは、この放送の件はネットの中のごく一部で取り上げられるだけになっていますが、そこでのやり取りなど見ていましても、この放送によって誤った印象を持った視聴者の発言などが時々垣間見られています(信夫山ネコさんとは別の所の話です)。
このままモゾモゾとしているのは精神衛生上良くありませんし、自分的にすっきりするためにも、思う所を一言書き記しておこうと思った次第です。
でも書き始めたら、とても一言では済まぬ新年早々の長丁場となってしまいましたが、どうかめげずにぜひ最後までお付き合い下さい。


原発事故以降、福島県では事故当時18歳以下の子供達38万人を対象とした甲状腺検査が行われましたが、番組では2014年に始まった二巡目の受診率が3割台に留まっているという問題を取り上げるのですが、前述した通り、その内容は視聴者に誤解を与えかねないものとなっていました。

番組構成を見てみますと、まず冒頭で原発事故で放射性ヨウ素が拡散された様子と甲状腺がんについての説明がなされ、その後、住民が医大へ不信感を持つに至った過程を追います。
番組では、住民の不安を解消したいと思う医大側と、子供の詳細な検査結果を知りたいと願う親との間に意識のズレが生じ、それが医大への不信感となって検査率の減少に繋がったとします。

   

確かに、検査結果の通知方法や医大側の説明不足には早い時点から問題が指摘されていたのは事実であり、2012年にはすでにこの様なインタビュー記事も組まれたり、近年でも、中西準子氏からこの様な厳しい指摘(PDF)がなされています。

番組では医大側がその後、批判に応えて検査結果の通知内容をより詳しく変更したり、検査部門の緑川早苗准教授自らが避難者の元を訪れ、検査内容の説明会を開く姿が紹介されますが、

   

それでもなお住民達の不安の気持ちが今だに強い事が伝えられ、緑川さんは苦悩します。

   

しかし番組が紹介した場所は山形県であり、そこで不安を抱いて暮らしている避難住民を登場させ、説明後も依然として不安が拭えない姿を見せる事にはどうしても違和感を覚えてしまいます。
このアンケート結果など、果たして福島県内でも同じ結果となっているのでしょうか。

28分過ぎから始まる鎌田キャスターと中島デスクとのスタジオトークでは、受診率低下の背景に「検査への不満・不信」と「住民の意識の変化」という要因があり、検査への批判の原因が「不安を解消する事」という検査の目的にあって、

   

ただ大丈夫と繰り返すだけの医大の対応が逆に、初めから結論ありきと見なされて不信感を強めていったとします。

   

そして番組はこう続けます(強調は引用者によります)。

中島デスク 「こうした不信感から検査を受けない人もいますし、結果を知ること自体が怖くて受けない人、また逆に、もう安心と考えて受けない人もいるんです。」

この発言から実際には、受けていない人すべてが不安・不信の人ばかりではなく、「もう安心と考えて受けない人」も存在している事が分かります。
しかしこの人達への言及はたったこれだけで、中島デスクはこう続けるだけです。

「ただ、私が今回取材をしていて強く感じましたのは、今の福島では、一見日常を取り戻しているかの様に見える親の多くが、実は不安を押し殺して暮らしているという事なんです。
 本当は色々知りたいんだけれども、放射能の事を話すのがはばかられるとか、考えて悩むのが辛いと言って、こうした人達が今後検査の網から漏れてくるおそれがあると思います。」

   

ここで気をつけなければならないのは、画面上では確定事項の様にテロップが表示されていますが、これはあくまで中島デスク個人の見解であるという事です。
取材映像では伊達市の保育園が紹介されますが、他に福島のどの地域をどれだけ取材したのかはここでは何も分かりません。

30:20からは検査で見つかった甲状腺がん患者の多さへの疑問が述べられますが、自覚症状がなくてもガンになっている場合があり、今回はそういう人も含めて全員検査したため数字が大きくなったという医大側の見解と、その根拠とされる、チェルノブイリよりもずっと少ないという甲状腺被ばく量のグラフが紹介されます。

   

しかし、一人一人の被ばく量は分からない事や、子供のがんメカニズムが不明である事からがん患者の多さについて根拠が乏しいという批判も紹介され、鎌田キャスターが

放射性物質の影響については分からない事が多く、長期的に見ていかなければなりません。そのための体制をどう実現させていけばよいのでしょうか。」

と語って、全国民に対して検査が義務付けられているベラルーシの現状報告へ続きます。
ここまで32分50秒、結局、甲状腺検査結果の具体的報告も何もなく、ただ「不安」の内容ばかりがずっと語られていた訳です。

そしてベラルーシ報告後37:40からようやく、現在福島で行われている甲状腺検査医師の育成模様と、2年前から行われている浪江町の診療所での検査状況などが紹介されます。
また県外避難者のため、首都圏でも無料検査を実施している診療所を紹介する復興支援員の姿など、全国放送で初めて紹介される事例もあったのは評価出来ますが、こういう体制作りに努力する姿を映したのは僅か6分という短いものでした。
続いて43:30からのスタジオトークでは、この様な検査体制の充実のため国のリーダーシップを求める提言がなされます。

   

しかし、続く44:30からのまとめでは、再び「不安」の繰り返しとなります。

「今回私達は100人を超える親から直接話を聞きました。その中で、不安を抱え続けることに疲れて、考えないようにしていると言うだけだったり、復興に向かう周りの目を気にして、声が上げられなかったりする親が、本当に多いと感じました。」

38万人中の100人強、福島県のどこでそういう意見を聞いたのでしょうか。しかも先の話では、この中には「もう安心と考えて受けない」人達もいる訳です。
それらの人の割合は果たしてどれほどだったのか、「本当に多いと感じた」不安を覚える人達は、100人中一体何人だったのでしょうか。
この番組の最大の問題は、判断に必要な数字のデータを示す事なく、ただ個人の印象だけで、それが福島県全体の姿として語られているという事です。
さらに中島デスクはこう続けます。

「こうした中で、検査やその結果によって、住民に必要以上のストレスを与えているなどとして、国の会議では検査そのものを縮小すべきだという意見も出てきているんです。
 しかし、被ばくの健康影響も分かっていない事がたくさんあります。放射能の不安も影響もなくならない以上、今後も長く目をそらさず、向き合い続けていく事が最も大切だと思います。」

この言葉は、一体誰に向けて投げかけた言葉なのでしょう。
【今後も長く目をそらさず、向き合い続けていく】べきなのは、「国」なのか「医師」なのか「住民」なのか、それとも県外に住む傍観者たる「私達」なのか、或いは「マスコミ」なのか、それがはっきりしません。
この文言には、主語がないのです。
  福島では依然不安を感じる親が多い。
  にもかかわらず国は、検査を縮小すべきと言っている(と取れる様な言い回し)。
  しかし被ばくの影響も分からず不安はなくならないのだから、国は検査をずっと続けていくべきだ。

中島デスク(NHKサイド)は一見こう訴えてる様にも見えます。
この発言にあった「国の会議」とは多分、こちらの専門家会議を指しているものと思われます。
しかし、県外転居者も含め今後もずっと検査を続けるべきとの方針は、ここの「中間取りまとめ(案)」(→PDF)の中(p.31)で、

「そのため国は、福島県の県民健康調査「甲状腺検査」について、対象者に過重な負担が生じることのないように配慮しつつ、県外転居者も含め長期にわたってフォローアップし、分析に必要な臨床データを確実に収集できる調査実施体制となるよう、福島県を支援するべきである。」

と元々はっきり述べられている事です。
また、平成26年(2014年)7月22日付けの【首相官邸災害対策ページ】でもこういう表記を見つけられます。

本委員会に参加した専門家の見解では、現在の症例や頻度は「原発事故の影響によるものとは考えにくい」との指摘があるものの、まだ全てが解っているわけではないので、くり返し検査を行うことが重要であるなどの指摘がありました。
(中略)
甲状腺検査の課題
  子ども達のみならず、福島県全県民を対象とした上記の基本調査の結果からも、チェルノブイリとは異なり外部被ばく線量が極めて低いことが明らかにされ、「県民健康調査の継続が本当に必要なのか」と言う声も聞かれるようになりました。しかし、今回の原発事故による甲状腺への影響が不安視される原因は、基本調査から推定される外部被ばくでだけはなく、初期の放射性ヨウ素による内部被ばくの問題です。また、最も影響を受けやすい子ども達に焦点を絞る対応策は、 医学的にも優先される事項でもあります。

この報告に先立ち、東京電力HP2014年5月26日付けの鈴木眞一医師のインタビュー記事の中で、彼自身こう述べています。

 福島県甲状腺がんについては、放射線の影響とは考えにくいけれども、「一切ない」と言い切れるほどの情報はないので、まずは検査を長く続けて受けていただくことが一番大切で、今、放射線の影響かどうか早急に結論を、白か黒か求める時期ではないと思います。
 ただ、先ほどの通り、今までのチェルノブイリや広島・長崎での知見や通常の甲状腺がんの知見を併せて考えると、現在発見されている福島での甲状腺がん放射線の影響とは言いにくい、考えにくいのではないかということを伝えることは大切かと思います。
(中略)
 先行調査が終わり、本格検査に入りましたが、重要なのは前回の検査での比較もしながら、長きにわたって子供から大人になる人の甲状腺をずうっと診ていくことです。これは、放射線との絡みで「甲状腺に異常はないか」と 心配している福島の人たちに「我々は長きにわたって診ていきますよ」「我々に任せてくれれば、甲状腺に関しては責任をもって2年ごとに診ますよ」、と安心していただくことが一番重要なのです。そして、万が一治療が必要な人がいれば適切な治療をする、こうしてやっていくことが大事なのです。

お分かりの通り番組中で語られた提言は、すでに鈴木眞一氏が過去に語っていた事なのです。
しかし番組内では、診療所の医者に甲状腺検査のやり方を教えている鈴木医師の姿がちょっと映るだけで、結局彼のこの言葉が紹介される事はありませんでした。

この後45:20、鎌田キャスターがこう締めくくります。

「日本が始めて経験した今回の事故、住民も医療側もかつてない事態にどう向き合いどう対応していけばいいのか、模索を続けています。今回の原発事故がもたらしたそれが現実であり、あまりにも大きな代償だったと言わざるを得ません。
その事を福島以外に住む私達は、忘れつつあるのではないでしょうか。
今、福島で起きている事、それを社会全体がいかに共有していくのか、その事もまた、問われているのです。

番組ではエピローグとして、先に登場した緑川准教授が伊達市を訪れ、「分からない事は分からない」という立場を説明し、

   

疑問を抱いていた母親が納得してまた検査を受けようと決意する姿が描かれ、

   

重々しい音楽をバックに最後のナレーションが流れます。

「前例なき被ばくの不安、福島は今、住民も医師も、試行錯誤の中、その不安と向き合い続けています。」

結局最後はまた「不安」の言葉で締めくくられ、見終わった後はただただ、未だに福島全体が不安に慄いているという姿を印象付けられただけとなりました。

そもそも、この番組のあらすじ(ストーリー)を考えれば本来なら、
「二巡目の甲状腺検査の受診率低下に危機感を持ち、住民の信頼を回復すべく奮闘する医師達の姿を追う。」
という、極めてシンプルなドキュメントであったはずです。
しかし、医大側の初期対応と住民の不信感や不安の部分ばかりが不必要に強調された結果、福島県の母親すべてが今も不安のどん底に突き落とされているというイメージばかりがクローズアップされてしまいました。
前半部分はもう10分カットし、後半の医師達の活動の時間をもっと長くとり、専門家会議でのやりとりや鈴木眞一氏のインタビューの言葉もしっかり入れるべきでした。

住民と対話する緑川准教授の姿が紹介された事は大いに評価しますが、説得により再び検査を受けようと決意した母親のエピソードをエピローグに使うという演出では、結局二巡目の受診率低下の原因は、すべて医大の対応のせいであったと結論付けているのと同じ事です。
尚且つ、初めは安全だと言っていたのに、今は分からないという医大はますます信用ならないという、そんな不信感と反感を抱く人も新たに出てくるのではと、そんな危惧さえ覚えるほどの危うい番組構成であったと感じます。
また前述した様に、スタジオトークで提言として述べられた事は、皆以前から、番組内では「国の会議」と称した専門家会議や現場の医師側から出ている話であって、それを誰の発言かも示さずに、まるで自分達の意見の様に見せるというのは実に不誠実極まりないものです。

昨年は、「吉田調書」に代表される『報道のあり方』というものに注目が集まりました。
3月にはまた「あの日」がやってきますが、これまでマスコミは「福島」の姿をどの様に伝えてきたのか、そして何を伝えてこなかったのか、いま一度過去の放送(報道)を見つめ直し、自らを省みる時期が来たのではないのかと思います。

福島では住民の「安全」は確保出来ました。しかし今でも、放射能に不安を持つ人がいる事は事実です。
でも中には、その不安から卒業した人も大勢いるはずです。
「不安の解消」ではなく「安心の確保」、「フクシマ」ではなく「福島」、言い回し一つ変えるだけでも、そのイメージは大きく変わります。
安心を得る道を照らす手助けをする事も、マスコミの役割の一つではないのか、この番組を見て、強くそう思ったのです。


 「今、福島で起きている事、それを社会全体がいかに共有していくのか、その事もまた、問われているのです。」


 「社会全体が共有するためにマスコミがすべき事、それこそが今、問われているのです。」





昨年の鼻血騒動の折、地元で囁かれた言葉が、今でも私の頭から離れません。














「マスコミは少数意見は取り上げるけど、多数の意見は取り上げてくれないのね。」




関連エントリー
「中央メディアが伝えない事」(一部リンク切れあり)
「「甲状腺がん特集」をぜひテレビで」
(参考)
環境省東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議 | 第14回議事次第」より『中間取りまとめ(案)(PDF)』(p.25~31:甲状腺検査について)
東京電力㈱専門家インタビューより『福島県での甲状腺がん検査結果の現状
・『福島県の甲状腺検査のやり方を見直してほしい、と私が発言した理由
首相官邸災害対策ページより『福島県「県民健康調査」報告 ~その3~
国際連合広報センターより『原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)報告書:福島での被ばくによるがんの増加は予想されない