(以下引用)
ED91形電気機関車解体始まる 保存求める声届かず「恥ずかしい結果」「せめてプレート残して」
宮城県利府町の森郷児童遊園にある電気機関車ED91形11号の解体工事が、現地で始まった。
JR東日本によると、13日に着工し、2月中に完了する見込み。現地は児童遊園への立ち入り禁止を告知する看板が設置された上、電気機関車を囲うようにフェンスなどで覆われ、クレーン車による撤去が進んでいる。
保存を求めてきた日本鉄道保存協会(横浜市)の米山淳一事務局長は「日本の産業発展の歴史からみて、解体という結果となり恥ずかしい」と批判した。
鉄道愛好家らでつくる「みちのく鉄道応援団」(仙台市)の佐藤茂代表幹事は「先人たちの知恵と汗の結晶を粗末にする結果となり遺憾だ。劣化するまで放置してきた町の対応も残念でならない」と指摘。「せめてナンバープレートを保存するなどし、歴史を後世に残してほしい」と訴えた。
解体が進む車両は、仙山線で実施された日本初の交流電化試験に使われた現存する唯一の車両。
https://kahoku.news/articles/20220119khn000040.html
ここの電気機関車については昨年からずっと保存に向けた協議が進められていて、難航していることは昨年末の新聞報道から知ってはいましたが、ついに解体開始となってしまいました。
保存を求めていた「日本鉄道保存協会」では今年1月から保存に向けたクラウドファンディングを予定していて(→こちら)、始まったら自分も参加しようと待っていたのですがその矢先に解体が始まってしまった形となり、何とも悲しい気持ちになります。
森郷児童遊園には2019年の2月に訪れた事がありますが、その時はまだこんな感じでした。
この時も車体の傷み具合は気になってましたが、2年半後の昨年2021年10月に訪れた時はその劣化ぶりに大層驚きました。
雨の翌日だったせいもありその姿は尚一層痛々しく、細部を見てみるとスノープラウなどは雨風による錆で穴まで開いている始末でした。
少なくとも3年ほど前に保存に向けた協議が始まっていればまだ間に合ったかもしれませんが、ここまで劣化が進むと整備するにもかなりの費用と労力を要するし、有害物質PCBの処理問題などもあってJR東日本が尻込みするのも分かります。
この公園にはもう一台、昭和50年に設置されたSL「C58-354」も展示されていますが、こちらもひどい有様となっていていずれ解体されるのも時間の問題かと思われます。
利府町には新幹線車両基地があり、ゆくゆくは交通博物館を作ってそこに展示するつもりだったはずが、結局その計画もとん挫して今日に至っているとの事です。
奇しくも一昨日の1月18日、河北新報に同様の問題を抱える岩出山町の記事が載りました。
ここも以前訪れた事がありますが、その時はすでに車体はかなり劣化が進んだ状態で心を痛めました。
(2015年8月撮影)
広い公園にぽつんと置かれたその姿はとても寂しく見えましたが、話によると春になればこの周りには桜が咲き誇り毎年地域の人で賑わっており、有志の人達によってお色直しもされていたりと、地元の人達には今も愛されている存在と知ってほっとした覚えがあります。
それでも長年風雨に晒される事による劣化は免れず、せめてそれを避ける屋根でもかけてくれないものかと感じました。
この様な屋外展示を見る度、屋根があるだけでも車体の劣化はかなり軽減されるはずなのに、なぜ雨ざらしのままにしているのかといつも歯がゆく思います。
以前仙台市の西公園にも長い間野ざらしで展示されていたC60がありました。
(2005年撮影)
機関車自体は市民に広く親しまれている存在でしたが、その後劣化が進みこの先どうなるかと心配していた所、震災後の復興キャンペーンの一環もあって2016年に周辺が整備され、ようやく屋根付き展示となって安心しました。
屋外展示物には屋根は必須であり、旅先でこの様な施設に巡り合った時などは自分はそこにその地域の人達の「愛」を感じます。
実はここに展示されている車両(ED1、モハ1)は以前は野ざらしでひどい状態でしたが、2016年に駅庁舎が国の有形文化財に登録されたのを機に再整備され、その後現在の様に屋根付きになりました(以前の状態はウィキペディア参照→こちら)。
この様に新たに整備するには何らかのきっかけも必要でもあり、一自治体や有志の力だけでは中々前へ進まないというのも厳しい現実です。
しかしあのED91はまぎれもない「産業遺産」であるのは間違いありません。
ただ解体してしまうのではなく、文化遺産として何とか保存する道はなかったのかとただ残念に思うばかりです。
実はクラウドファンディングの中でも、「鉄道系」のチャレンジは達成率が高いのです。
この事情も知っていたのでチャレンジを楽しみにしていたのですが、時すでに遅しでした。
ED91についてはBSフジ「鉄道伝説」(第52回)でも取り上げられ、日本の鉄道の交流電化の礎を築いた模様が紹介されています。
仙山線の作並駅には〔交流電化発祥地の碑〕もあり、利府町での保存が難しいならば観光資源として生かすつもりで、この作並駅での保存という選択肢もなかったものかと思います。
作並温泉街と全国のファンからの支援により、作並駅の正面にはお色直しされて新たに当時の[ED45 11]のプレートを付けた赤い電機が温泉客をお出迎え。
そんな夢想を抱いてしまうのも一鉄道ファンのわがままでしょうか。
河北新報WEB版にこのED91の特集記事があります。ぜひご一読を。