杜の里から

日々のつれづれあれやこれ

海洋放出する処理水中のトリチウムの「量」を考えてみる(追記あり)

人間の細胞の数はおよそ37兆個。

このサプリ一粒には乳酸菌が一兆個!

日常の中に現れる天文学的な数字ですが、自分達はこの数字をどの様に捉えているでしょうか。

2023年夏からいよいよALPS処理水の海洋放出が始まりますが、ここに来て海外から注目される意見が出て来ました。

ひとつは3月14日付ニューズウィークの記事、オーストラリアの物理学者達の共著です。科学者たちが指摘する重要な点を以下に引用します(赤強調は引用者による)。

反対派が見落とす点

 

太平洋諸島フォーラムPIF)は22年3月に専門家パネルを任命し、独立した立場から技術的な助言を依頼した。専門家パネルは日本当局が提供するデータの量と質に批判的で、今回の海洋排出は延期するべきだと助言した。

 

しかし筆者たちは、科学的データに改善の余地があるという見解には共感するが、海洋放出に対して専門家パネルは不当に批判的だと考える

 

専門家パネルに最も欠けているのは大局的な視点だ。また、当局がタンクの中の状態を把握していないと暗に示しているが、実際は多くの情報が公開されている。そして、彼らが見落としている最も重要な点は、汚染された水は安全に放出できるレベルになるまで、繰り返しALPSの処理が続けられるということだ

と、批判派が批判のために敢えて見ようとしていない問題点をズバリ指摘しています。

 

もう一つは、これまで執拗に不安を煽り海洋放出に反対し続けていた韓国ですが、その韓国で発表されたこの朝鮮日報のコラムには大いに注目です。

タイトルだけ見るとまたいつもの様な日本批判の様に見えますが、中を読んでみると科学的にも極めて真っ当な論説を展開しています。

いずれ削除されるかもしれないので、以下に全文引用しておきます(改行・強調処理は引用者に寄る)。

【コラム】日本の汚染処理水、国際検証結果を見て判断すべき

年間22兆ベクレルで30年間放出予定
韓国の排出量はその10倍
フランス623倍、カナダは85倍排出中

 

韓国海洋科学技術院と原子力研究院が2月16日、福島県原発汚染処理水を放出する場合、韓国の海域に及ぼすトリチウム三重水素)拡散に対するシミュレーション結果を公開した。海に溶け込んでいる従来のトリチウムの量は1リットル当たり0.172ベクレルだが、10年後にそれの17万分の1に当たる0.000001ベクレルが追加されるということだ。

福島県からの放出水は米国アラスカ、カリフォルニア、ハワイを経て太平洋を大きく一周した後、4-5年後以降から韓半島付近に到達する。その過程で拡散、希釈され、トリチウムの影響は意味のない水準になるというのだ。

 

 福島原発内のタンク1066個には汚染処理水が132万立方メートル保存されている。トリチウムの総量は780兆ベクレルという。シミュレーションでは、日本が汚染処理水を十分に希釈し、毎年22兆ベクレルずつ30年間放出することを前提とした。

また、多核種除去設備(ALPS/アルプス)がセシウムなど他の放射性物質は安全な水準までろ過すると想定した。トリチウムは化学的物性が一般水素と同じでアルプス設備では除去できない。

 

 トリチウムは自然界に幅広く存在する。宇宙放射線成層圏で空気分子にぶつかることでトリチウムが生成される。雨で洗い流された後、川を下って海に入る。

毎年新たに作られるトリチウム(5京-7京ベクレル)は福島の年間海洋排出計画量(22兆ベクレル)のおよそ2500倍になる。それでも放射性汚染物質を海にそのまま排出するということで、敏感な反応が巻き起こるのも無理はない。

問題は、韓国も原発稼動過程で発生するトリチウムを海に薄めて放出しているという事実だ。特に重水炉である月城原発から多く排出されている。

韓国の水力原子力に関する資料によると、昨年韓国の原発トリチウム排出量は213兆ベクレルに上った。韓国が福島放出予定量の10倍を日常的に放出しているのだ

世界的に見てもカナダの三つの重水炉団地から年間1860兆ベクレル(2021年の福島県の放出予定量の85倍)、英国シェラフィールド再処理設備から1540兆ベクレル(2015年の70倍)、フランスのラ・アーグ再処理設備からはなんと1京3700兆ベクレル(2015年の623倍)のトリチウムを海に排出した。

 

汚染処理水問題は、信頼できる国際検証を通じて判断する問題だ。すでに国際原子力機関IAEA)が2021年7月、韓国をはじめ11カ国の専門家によるモニタリングTF(タスクフォース、作業部会)を構成し活動中だ。

これとは別に、昨年3月から10月まで3回にわたってIAEAの立ち合いの下で採取した汚染処理水の試料を韓国、米国、フランス、スイスの4カ国に送り、分析作業が進められている。

福島一帯の海で採取した魚類、海藻類、海底堆積物の試料も4カ国に配送された。分析を担当した原子力安全技術院によると、今月末までに4カ国の1次評価結果がIAEAに送られる。

 

 日本の汚染処理水の放出に神経を使う必要がないというわけではない。IAEAの交差検証結果がこれまで日本側の説明と大きく懸け離れているのなら、日本が海洋放出を貫徹することは容易でないだろう。

一方で、事実に符合することが確認されれば、海洋放出に待ったを掛けるのは困難なものと思われる

韓国が10倍に上る量を放出しており、海流の流れから、韓国が太平洋沿岸国の中で最も遅く、影響は最も弱まるという点を考慮しなければならない。もちろん、放流過程で日本が約束を誠実に守っているかどうか、国際的な監視が必要なのは事実だ。

 

 国際検証の中心は汚染処理水にセシウムストロンチウムなどトリチウム以外の高毒性放射性物質が懸念される水準で含まれているのではないかという点だ。評価結果は間もなく出される。評価作業に韓国の専門家たちも参加している。国際検証結果を見てから立場を決めても遅くないだろう。

現在さまざまな声が上がっているが、感情的要素が付随している。冷静な立場による計量的評価が重要だ。非論理的な主張はしばらく視野を曇らせるかもしれないが、後々それがとんでもない誇張であることが判明すれば、われわれの立場は困難に直面するほかない

 

 日本が汚染処理水を海に捨てるということは、気分のいいものではない。誰か知り合いが湖に排せつ物を捨てるのを目撃したとしよう。いくら私とは直接関係がないとしても、気分が悪いのは気分が悪いことであり、彼の品格を考え直さなければならない。

それでもその人と私が持続的にぶつかり関係を維持していかなければならない立場であるとすれば、人格的に忠告するのを超え、最初から絶交だと言わんばかりの姿勢を示すのも慎重ではない態度と言える。行き過ぎた感情的消耗は自分も疲れるものだ。

特に国際的な手続きに従って問題が処理されているという点に留意しなければならない。ただ、日本側の説明と非常に異なる評価結果が出れば、それは深刻に考えてみる必要性があるだろう。

 

韓三熙(ハン・サムヒ)先任論説委員

後々それがとんでもない誇張であることが判明すれば、われわれの立場は困難に直面するほかない

この通り、これまで韓国が行ってきた感情的な批判や反対運動に対しての、今まで語られる事が無かった科学的観点を踏まえた上での懸念を率直に表明している点が注目されます。

 

日本政府が海洋放出を決定したのは2年前の2021年4月13日ですが、その事について同年4月16日、BSフジ「プライムニュース」で『福島”原発処理水”海洋放出なぜ今「10年目の政治決断」』と銘打って議論が行われ、自分も興味深くこの番組を視聴しました。

そしてこの番組にリモート出演した〔元原子力規制委員会委員長〕田中俊一氏(以下田中)の発言は、大いに注目すべきものでした。

以下その個所を引用します(強調は引用者による)。

司会 田中さんのお立場で安全な処理水、トリチウムというものをここまで危険なものとして扱ってしまった事、これを今田中さん無用な議論と仰いましたけれども、この様な議論になってしまった原因はどこにあると思います? なぜ無用な議論が起きたのか。

 

田中 一つは科学者にも、私も科学者ですから科学者にも問題があったと思います。

これはトリチウムだけではないんですが、実験室研究室レベルトリチウムの分離が出来ますという様な提案があると、それをまたそのフィジビリティ(引用者注:実現可能性)を議論してきたという。

しかしですね、これ私は規制委員長の時に各福島の自治体の方、市長さんに配ったんですが、1Fの中に入ってるトリチウム水は、全体の量としてこの程度です。

そう言って田中氏は液体の入った小さな瓶を手に取って指し示し、発言を続けます。

タンクの中には、この半分ぐらいしか入ってません。

つまりこれを130万tのタンクの水の中から、この半分のトリチウム水を取り出すっていう事は、1000tの水の中に一滴か二滴ぐらいトリチウム水が入ってるのを分離するっていう事の議論になる。

そういう事は、本来は工学的に、科学的基礎科学ではいろんなことはありますけれども、これは工学の現実に問題になってるものを回復しなければいけない技術の問題です。

工学の問題ですから、それをきちっと判断してかないといけないということになりますね。

それをなんとなく議論を積み重ねているという、我が国にありがちな悪い習慣かなっていうふうに思います。

 

 1000tの水の中に一滴か二滴ぐらい 

 

この発言は衝撃的でした。

これまでの様々な議論では「タンク内のトリチウムの総量は780兆ベクレル」とか「毎年22兆ベクレルずつ放出」とか、天文学的な数字が躍る議論しかありませんでしたが、「量」とすればこれ位のものだったのです。

前述のニューズウィークの記事中でもこの様な記述があります。 

トリチウムは、大気中の自然現象によって毎年50~70ペタベクレルが生成される。1ペタベクレル=2.79グラムで換算すると、毎年150~200グラムが自然に生成される。

太平洋の水中には、既に約8.4キロ(3000ペタベクレル)のトリチウムが存在する。それに対し、福島第一原発が排出する処理水に含まれるトリチウムの総量は3グラム(1ペタベクレル)程度と、圧倒的に少ない。

さらに、今回の計画は水を一気に放出するのではなく、1年間に放出される処理水に含まれるトリチウムはわずか0.06グラム(22テラベクレル)だ。太平洋に既に存在する放射線に比べれば文字どおり、大海の一滴である。

 

田中氏の発言を聞いて以来ずっと、自分はこんな思考実験を繰り返しています。

 

人間を一滴で死に至らしめる毒物(例えばVXガスサリン・ハブ毒etc…)がここにあるとします。

その毒物を50mプールの水(=およそ1100トン)に一滴垂らした時、果たしてそのプールの水は人体に影響を与えるだろうか?

 

常識的に考えると、とても何らかの影響を与えるとは考えられない訳です。

たとえそのプール排水を河川に放流したとしても、自然界に与える影響は皆無であると考えます(しかもそれをさらに薄めて一年かけて徐々に放流する)。

ものすごく精度の高い計測器で観測すれば何らかの毒物成分は検出されるかもしれませんが、正直その数字に何かの意味があるとはとても思えません。

処理水放出問題も、要はそういう事なのです。

 

冒頭に挙げた数字を考えてみます。

37兆という数字、これは人一人分。

1兆、これはサプリ一粒分の数字。

トリチウム22兆ベクレルは、0.06グラム、一滴です。

 

処理水の海洋放出で国内ばかりではなく海外でも感情的に反対している国・人・グループがありますが、僕にはその人達がずっと、

 

海水浴場で子供が海の中に立ちすくんでブルっと身震いした(海辺のしょんべん)。

それを見て

「この海は汚染された!

 健康被害の恐れがあるのでこの海水浴場をひと夏閉鎖せよ!」

と叫んでいる人に見えて仕方ないのです。

 

 

 

 

 

※あくまで個人の感想です。

 

(4月11日追記)

トリチウムの量について、こちらで分かりやすく解説しています。

以下抜粋(強調は引用者による)。

様々な物質を形作る「原子」の数がどれほどあるかご存じですか? おちょこ1杯の水(18グラム)に、なんと「600,000,000,000,000,000,000,000(6×1023)」個も存在するのです。単位で表すと6000垓(がい)。1兆の6000億倍です。原子の数はこのように、普段の生活とはケタ違いに大きな数になります。

 

放射性物質の量を表す単位「ベクレル」は、1秒間に放射線を出して変化する原子の数を表した単位です。「自然界のトリチウムは100京〜130京(100万兆〜130万兆)ベクレル」などと聞くと多く思えますが、原子の世界ではとても少ない数なのです。

福島第一原子力発電所ALPS処理水に含まれるトリチウムは約780兆ベクレルですが、トリチウムを含む水としての重さはわずか約15グラムです。